どちらにせよ“トランプ主義”が続く米政権 白人労働者の怒りは最高潮に 浜田健太郎/安藤大介・編集部
今年11月投開票の米国大統領選挙戦における前半のヤマ場が共和、民主両党がこの夏に開いた全国大会だった。共和党候補のトランプ前大統領は7月18日、大統領候補の指名受諾演説で「米国を成功に導き、安全で自由で、再び偉大な国にする」と強調し、自身のスローガンである「MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大に)」の推進を呼びかけた。
1カ月後の8月22日、民主党候補のハリス副大統領は指名受諾演説で、「法の支配から自由で公正な選挙、平和的な政権交代に至るまで、米国の諸原則を堅持する」と力説した。民主党とハリス陣営は、米国の大統領経験者で初めて刑事被告になり有罪評決を受けたトランプ氏が大統領に返り咲くことを絶対に阻止するとの意志で結束している。
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現代米国政治が専門の上智大学の前嶋和弘教授は、選挙戦の行方について、「トランプ、ハリス両氏ともに支持の拡大が限定されるという意味で弱い候補であり、大接戦は必至」と述べている。現時点で勝敗の行方を予想するのは困難だ。そのため、本誌は今回の選挙戦について、米国がその政治的な原点である「活力のある民主主義」を維持できるのか、という視点から検証した。
鍵を握りそうなのが、共和党副大統領候補に指名されたバンス上院議員である。米国の繁栄から取り残された「ラストベルト(さびついた工業地帯)」で暮らす白人労働者の悲哀を描いた回想録『ヒルビリー・エレジー』(邦訳は光文社)の著者として知られていた(詳細はこちら)が、共和党大会を境に世界中の注目を浴びるようになった。
共和は労働者政党に
7月17日の指名受諾演説で、バンス氏は以下の主張を展開した。
「私が小学4年生のとき、ジョー・バイデンはNAFTA(北米自由貿易協定)を支持した。私が高校2年生のとき、バイデンは中国に甘い貿易取引を行い、米国の中産階級の製造業の雇用をさらに破壊した」
「労働組合、非組合員を問わず、労働者に応えるリーダーが必要だ。バイデンとハリスのグリーン・ニューディールの詐欺を拒否し、偉大な米国の工場を取り戻すために戦うリーダーのことだ」
「ミシガン州の自動車労働者は、現実に疎い政治家たちが自分たちの雇用を破壊することを疑問に思っている。ウィスコンシン州の工場労働者は米国人の職人技を誇りに思っている。ペンシルベニア州やオハイオ州のエネルギー産業従事者は、バイデンがなぜ世界中の劣悪な独裁者からエネルギーを買いたがるのか理解できない」
受諾演説の動画を視聴すると、労働者擁護の言葉を繰り出すバンス氏からは、ラストベルト出身者としての「怒り」を胸に秘めてきた迫力が伝わってくる。同時に、共和党は経営者が支持する政党、民主党は労働者の政党という米国政治の常識がいつ入れ替わったのかという疑問が湧く。
変化の種はクリントン政権の発足時(1993年)にまかれた。大統領に就任したクリントン氏、副大統領のゴア氏のコンビは、「情報スーパーハイウエー」と温暖化対策を掲げ、ITと環境の2分野を米国経済の基幹産業に据えた。レーガン・ブッシュ(父)両政権の12年間で共和党が米産業界と結びつきを強めたことに対抗し、当時40代の若さだったクリントン、ゴアの両氏はその後の急成長が見えていたIT産業に着目。温暖化対策に貢献する技術群を成長産業に育成する布石を打った。
オバマ氏が深めた分断
クリントン氏はウォール街にも接近し、ゴールドマン・サックス出身のルービン氏を財務長官に起用。クリントン氏は、商業銀行と証券会社の分離を定めたグラス・スティーガル法の廃止に99年署名した。これが世界金融危機に発展したリーマン・ショック(2008年9月)の温床になった。民主党の「親ウォール街」の流れは、09年に大統領になったオバマ氏に引き継がれた。就任以前はウォール街に批判的だったオバマ氏は就任後に変節。ルービン氏がオバマ政権でも人事面で強い影響力を行使したことがその原因とされる。リーマン・ショックに際してオバマ氏は、危機を引き起こした大手金融機関を救済する一方で、経営責任はほとんど問わなかった。
オバマ氏を大統領に押し上げた左派・リベラル層は失望し、11年9月には、「ウォール街を占拠せよ」という呼びかけのもと、大規模な反経済格差デモが起きた。
ジャーナリストで米国政治思想史研究者の会田弘継氏は次のように指摘する。「冷戦後に登場したクリントン、就任直前に金融危機が起きたオバマの両氏は、ともに労働者よりも経営者を厚遇するネオリベラル(新自由主義)の流れに沿った政策を取っていた」
ITや金融の職場は高学歴者が主体になる。製造業のような労働集約型ではなく、雇用の受け皿としての規模は限定的になる。見捨てられたのがブルーカラーの労働者たちだ。産業構造の変化は、米国で経済格差拡大をもたらす。米連邦準備制度理事会(FRB)によると24年1~3月期の米国での財産保有比率を階層別にみると、上位10%が67%を保有し下位50%の比率は2.5%にとどまる。0.1%階層の超富裕層たちが下位50%全体の5倍以上もの富を抱える。すさまじい格差である。
必然的に、「誰が労働者の面倒をみるのかとなり、結果的に共和党が労働者をみる政党になった」(会田氏)。7月17日のバンス氏の演説内容と符合する流れだ。共和党大会で採択された選挙公約でトランプ陣営は、「アウトソーシング(労働の国外移転)をやめ、米国を製造大国にする」と掲げた。
難題の不法移民対策
格差拡大に苦しむ米国の労働者たちが不満の矛先を向けているのが、不法移民の存在である。トランプ、ハリス両氏とも政権公約に移民問題対策を掲げているが、解決は容易ではない。22年時点で米国に居住する不法移民は約1100万人と推計される。欧州のチェコやギリシャの人口に匹敵する人々が、隣国メキシコなどから流入しており、その数は米労働者の4.8%に相当する。最低賃金が適用されない低コストの労働力として事実上米国経済に組み込まれており、低賃金の職場であるほど賃金上昇を抑える副作用が生じやすい。
米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、今年4月時点で「政府を信頼する」との回答は22%にとどまる。ロビイストや一握りのエリートが実際の政治を動かす実態を米国の大衆は理解している。その絶望感がしきい値を超えれば、米国の民主主義は形骸化が加速し、いずれ根腐れを起こすだろう。
会田氏は、11月の選挙後の米国について、「共和党、民主党いずれの政権になろうとも、米国最優先を掲げる『トランプ主義』が続くことは避けられない」と指摘している。
(浜田健太郎〈はまだ・けんたろう〉編集部)
(安藤大介〈あんどう・だいすけ〉編集部)
週刊エコノミスト2024年9月10日号掲載
トランプVSハリス トランプ主義受け継ぐバンス氏 米白人労働者の怒りは最高潮に=浜田健太郎/安藤大介