教養・歴史 書評

産業界の自助努力を促す警世の書 「まずアベノミクスの総括から始めよ」 評者・高橋克秀

『21世紀未来圏 日本再生の構想 全体知と時代認識』

著者 寺島実郎(日本総合研究所会長) 岩波書店 2860円

 てらしま・じつろう
 1947年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産に入社。同社戦略研究所会長などを経て現職。多摩大学学長。『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』など著書多数。

 日本のGDP(国内総生産)が世界に占める割合は2023年には4%にまで低下した。全盛期の1994年には18%であったから、衰勢は隠せない。それとも、64年の東京オリンピックの時も4%台であったから、干支(えと)が一回りして歴史的な定位置に戻ったのだろうか。

 著者の寺島実郎氏は、日本とは「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」だったのかと読者に問いかけ、まだ多様な選択肢とポテンシャルがあると鼓舞する。だが、その前にこの国のかたちをゆがめてしまったアベノミクスの総括が必要であるというのが本書の基調である。

 結局、アベノミクスとは「金融政策に過剰に依存した政策では、産業力を高めることはできず、国民経済を救えない」虚構の経済政策であったと語気を強める。確かに、輸出主導型大企業は円安の恩恵を受けたが、これによって水ぶくれした業績を経営手腕と錯覚した企業家たちの緊張感は弛緩(しかん)してしまった。

 また、株高は設備投資に向かわなかった余剰資金の流入の結果であり、資産の有無による所得階層の分極化が進行した。アベノミクスが目標とした名目GDP600兆円も、在任中には未達に終わった。

 今にして思うと、アベノミクスが始動した時に国民が無批判にそれを受け入れた理由が疑問である。とりわけ、異次元金融緩和を「黒田バズーカ」と称賛し、日銀を政治利用して国債を買わせる「リフレ派」経済学者をジャーナリズムが不思議なほどもてはやした点も、検証すべきであるという。

 寺島氏は、産業現場から日本再生の大きな絵を描くべきだと主張する。官僚と学者が描く未来像はいまだに20世紀後半の「経済主義、成長主義」を引きずっている。日本産業の中心に据えるべきテーマは、「食と農を基点とした産業構造の高度化」と「医療・防災産業の創生」である。

 岸田文雄首相は8月14日、唐突に退陣を表明した。外交では一定の成果を上げたにもかかわらず、内政では安倍晋三政権の負の遺産の後始末に追われて政治的体力が奪われたことは残念であったと評者は感じる。次の自民党総裁には旧統一教会問題や裏金問題の真摯(しんし)な反省と同時に、アベノミクスからの脱却が最大の課題になるだろう。

 30年に及ぶ衰勢の中で、産業界は自助努力を忘れ、政府に依存する「官製資本主義」が染みついてしまった。本書は、日本の現状を深い歴史認識で定位し、産業界に奮起を促す警世の声である。

(高橋克秀・国学院大学教授)


週刊エコノミスト2024年9月17日号掲載

『21世紀未来圏 日本再生の構想 全体知と時代認識』 評者・高橋克秀

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