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なぜ公益通報者は兵庫県知事の“不正”を告発してから3カ月で自ら命を絶ったのか 粟野仁雄

兵庫県議会で開かれた8月30日の百条委で県議の質問に答える斉藤元彦知事(筆者撮影)
兵庫県議会で開かれた8月30日の百条委で県議の質問に答える斉藤元彦知事(筆者撮影)

「不正」を告発された兵庫県の斎藤元彦知事だが、最初にやったのは「犯人探し」だったという。

リスクが大きすぎる制度の欠陥

「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」──。

 3月12日、報道機関や県議会関係者などに届いたという文書の題名だ。名指しされた斎藤知事は同27日の記者会見で、西播磨県民局長が「県民局長としてふさわしくない行為をしたということ、そして本人もそのことを認めていること」を理由に挙げ、同日付で解任したと説明した。

 その行為とは、「事実無根の内容が多々含まれている内容の文書を、職務中に職場のパソコンを使って作成した可能性があること」。冒頭に挙げた告発文のことだ。斎藤知事は「業務時間中にうそ八百含めて、文書を作って流す行為は公務員としては失格」とも述べた。当時の西播磨県民局長は渡瀬康英氏だった。

「知事のパワハラは職員の限界を超え」の文言がある告発文
「知事のパワハラは職員の限界を超え」の文言がある告発文

 告発文の記述のうち、知事が違法行為に関与したとする主張は、県内の商工会議所などに出向いて次回知事選で自身に投票するよう依頼した▽複数の企業に高級コーヒーメーカーなどの商品をねだって受け取った▽県職員に怒鳴るなどのパワーハラスメントを繰り返した──などだ。このほか、部下に命じて違法行為をさせたとも主張している。

 渡瀬氏は4月4日、県の公益通報窓口に通報したと公表した。同16日には、『神戸新聞』(電子版)が「文書で斎藤知事に贈られたと指摘されていた高級コーヒーメーカーを県幹部が受け取っていたことが分かった」と報道。一方、県は5月7日、渡瀬氏の告発内容の「核心部分が事実でない」とする調査結果を公表し、告発文は誹謗(ひぼう)中傷を含むとして渡瀬氏を停職3カ月の懲戒処分とした。

 真相究明を求めた県議会は6月13日、「文書問題調査特別委員会」の設置案を賛成多数で可決した。地方自治法100条に基づくことから、「百条委員会」ともいう。

「死をもって抗議」

 渡瀬氏は7月19日の百条委に証人として出席し、証言する予定だったが、同7日に兵庫県姫路市の実家で亡くなっているのが見つかった。遺族が県議会事務局に送ったメールに「死をもって抗議する。百条委は最後までやり通してほしい」と渡瀬氏が書き残した文言があったという。

 8月30日の百条委には斎藤知事が出席した。懲戒処分については「不適切だとは思っていない。文書を確認した時、誹謗中傷性が高いと認識した」とした。懲戒処分については「今も適切と思う」などと話した。百条委が終了した後の会見では辞任を否定した。

 渡瀬氏は告発から3カ月余りで命を絶った。その間、県の公益通報制度を使って通報したにもかかわらず、停職処分を受けた。公益通報者保護法を所管する消費者庁の広報資料によれば、公益通報とは企業などの事業者による一定の違法行為を、労働者や退職後1年以内の退職者・役員が、「不正の目的でなく、組織内の通報窓口、権限を有する行政機関や報道機関などに通報すること」としている。

 通報を受けた事業者が通報者を解雇しても無効とした上で「解雇以外の不利益な取り扱い(降格、減給、退職金の不支給等)も禁止」とも説明している。県の対応に問題はないのか。渡瀬氏が停職処分を受けた翌日の5月8日の記者会見で、斎藤知事は「(渡瀬氏は)確かに公益通報しているが、通報以前に行われた本人の非違行為に対して、懲戒処分を行う判断を、今回、人事当局と協議しながら決めた」と説明した。

 この論法が通用するなら、違法行為をした側は不都合な通報を無視して通報者を処分できることにならないか。公益通報に詳しい三浦直樹弁護士は「通報があれば襟を正して匿名性を維持しながら通報内容が事実かどうかの検証をすべきなのに、逆ギレした知事がまずしたのは“犯人探し”だった」と指摘する。

 さらに「(報道機関などに告発文が届いた直後に)片山安孝副知事(7月に辞任)が渡瀬氏から事情を聴取し、知事は報告を受けた。しかし、片山氏も告発の対象者だ。知事と一緒に告発された人物の報告でしかない」と問題視している。

 丸尾牧県議(無所属)は県職員を対象に独自調査した内容について「尼崎市でのマラソン大会で、来賓の知事は会場で自分専用の部屋を要求した。担当職員は授乳室を2時間ほど知事専用とした」と説明する。ある訪問先では、車が入れず、20メートルほど歩かされた知事が職員を怒鳴りつけたという。「恐怖政治は明らかだった」(丸尾氏)

信金から「キックバック」

 渡瀬氏の告発文には、刑事事件になりかねない記述がある。兵庫県、大阪府、地元経済団体などでつくった実行委員会が昨年11月に主催した、プロ野球・阪神とオリックス優勝記念パレードの募金を巡る疑惑だ。告発文によれば、必要経費を寄付で賄おうとしたが、足りなかった。そこで、片山氏が主導して信用金庫への県補助金を増額し、それをパレードの募金としてキックバック(還流)させたと告発文は記す。

 斎藤知事は否定したものの、地元テレビ局のサンテレビジョンは8月6日、「片山氏が当初1億円の予定だった信金への補助金を4億円程度に増額するよう口頭で指示した」という内容のメモを入手したとスクープした。メモは県職員が2023年度補正予算について作成したものだという。

 甲南大学の園田寿名誉教授(刑法)は「知事か県職員がキックバックされた金をポケットに入れたなら横領だが、そうでなくても背任罪は考えられる。ただ、知事が県に損害を与える目的だったかどうかの証明は難しく、立件できるかどうかは微妙」と話す。

 公益通報者保護法は06年に施行された。きっかけは02年、西宮冷蔵(兵庫県西宮市)の社長が報道機関に取引先の不正行為を告発したことだ。BSE(牛海綿状脳症)騒動のさなか、西宮冷蔵の冷蔵庫に輸入牛肉を預けていた雪印食品が国産牛肉の箱に詰め替え、巨額の補助金を受け取った詐欺を暴露した。西宮冷蔵はその後、経営に行き詰まった。過去にはトナミ運輸(富山県高岡市)の社員が自社の闇カルテルを内部告発して30年近く閑職に追いやられた例もある。社員は損害賠償を求めて提訴し、05年に勝訴した。

 三浦弁護士は「公益通報者にとって通報することはハイリスク、ノーリターンでしかない。せめてローリスクにしなくてはならない」と語る。例えば、公務員が通報する目的で役所の資料を持ち出すことが窃盗に当たるのかどうかの論点がある。裁判所は公益通報者保護法ができる前から、公益のための通報なら免責されるという考えだという。しかし、通報者は行政組織においてですら、さまざまな名目で不利益な扱いを受けることが白日の下にさらされた。

(粟野仁雄〈あわの・まさお〉ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2024年9月17日号掲載

兵庫県知事の「不正」を公益通報も リスクが大きすぎる制度の欠陥=粟野仁雄

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