公益通報制度の意義を伝える――奥山俊宏さん
ジャーナリスト・上智大学教授 奥山俊宏/46
おくやま・としひろ
1966年岡山県生まれ。89年東京大学工学部原子力工学科卒業、同年朝日新聞社入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、特別報道部などで原発取材や調査報道を手掛ける。2013年から同社編集委員。22年4月から上智大学文学部新聞学科教授。主な著書に、『内部告発の力』(04年、現代人文社)、『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(16年、岩波書店、第21回司馬遼太郎賞受賞)など。
内部告発者の保護を強化する改正公益通報者保護法が6月に施行された。長年、企業の不祥事を取材してきた奥山俊宏さんは、情報の目詰まりを正し、組織を発展させるためにも、公益通報の精神を生かすべきと強調する。(聞き手=稲留正英・編集部)
「公益通報の精神を、組織の発展に生かす」
── 公益通報者保護法が6月に改正されました。どのような法律なのでしょうか。
奥山 組織の不正を直視し、その芽をできるだけ早く摘むため、企業の内部通報窓口や行政、マスコミに不正の情報を提供した内部告発者を法的に保護するのが目的です。2004年6月に成立、06年4月に施行されました。02年ごろから法制化を模索する動きがあったのですが、背景には、企業不祥事の続出がありました。00年に三菱自動車のクレーム隠し、02年1月に雪印食品の牛肉偽装事件、8月には東京電力の福島第1原子力発電所のひび割れ隠しが発覚しましたが、いずれも内部告発がきっかけでした。
しかし、その後も11年のオリンパスの粉飾決算など大型の企業不祥事は続き、組織による内部告発者への報復もやみませんでした。なぜなら、公益通報者保護法は、内部告発者保護の考え方を世の中に示し、その履行を事業者にやんわりと促すにとどまっていたからです。行政の権限も刑事罰も盛り込まれず、事業者にとっては何ら怖くない法律でした。
行政に法執行の権限
── 今回の法改正のポイントは。
奥山 通報窓口の設置をはじめ、内部通報に対応するために必要な体制や内部告発者を保護するための体制の整備を従業員301人以上の全ての事業者に義務付けました。そして、これを守らせるための指導や勧告の権限を国に与えました。また、事業者の中で、内部通報に関わる人には守秘義務を課し、違反者には刑事罰(30万円以下の罰金)が科せられるようになりました。法執行の権限を行政が持ったことは大きな変化です。
── 奥山さんは、今年4月に、オリンパス、財務省など国内外のさまざまな内部通報の事例を紹介し、公益通報者保護法自体についても詳説した『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実』を出版しました。この分野の第一人者といえますが、内部告発に関心を持つきっかけは何だったのでしょうか。
奥山 私は1989年4月に朝日新聞社に入社し、最初の3年は茨城県の水戸支局、次の2年は福島県の福島支局で原発問題を取材しました。水戸近郊には東海村、福島には福島第1原発、第2原発があり、トラブルがちょくちょく発生していました。東海村では、動力炉・核燃料開発事業団で高放射性廃液の貯蔵施設の電源喪失、福島では福島第1の2号機で、原子炉の水位が3メートル下がり、緊急炉心冷却システムが作動したりして、そのたびに記事を書いていました。
水戸でも福島でも、結構、調査報道はやっていて、地元の建設業界と政治家の癒着や談合などについて取材していました。その延長線上で、経済事件で調査報道をやりたいと希望し、94年に東京社会部に異動しました。
── 東京社会部ではどんな取材を。
奥山 当時、大蔵省の中にできたばかりの証券取引等監視委員会や、戦後初の本格的な金融破綻の事例となった東京協和信用組合など2信組の事件を取材しました。
その後、大阪社会部で大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失事件の株主代表訴訟などを取材し、02年に東京社会部に戻りました。その年の8月に、福島第1原発の蒸気乾燥器のひび割れ隠しが内部告発で発覚しました。告発したのはケイ・スガオカという日系2世の米ゼネラル・エレクトリック(GE)の技術者です。
その時に、内部告発者保護で日本で最も実践が進んでいるのが、原子力業界だということを知りました。99年に原子炉等規制法の改正で、公益のための内部告発を保護するルールを定め、00年7月に施行されました。原子力規制当局に対する申告に報復した事業者には、刑事罰の規定もあります。
そういう取材をずっとやっていたので、調査報道では、内部の協力者、告発者、情報提供者が大事だと肌で感じていました。内部告発をテーマに何か、連載企画ができないか。そう考えていた時に、政府が内部告発者を保護する法律を検討しているという情報を、同僚から聞きました。
── 内部告発者は当時、「組織の裏切り者」というイメージが根強くありました。
奥山 内部告発者は、ジレンマを抱えています。組織や上司への忠誠と公益のどちらを優先するのか。長い目で見れば、本当に組織への忠誠を果たすなら、告発すべきだが、一方で報復の恐れがあるのではないか。そういう葛藤は、単純に割り切れるものではありません。知的な関心をそそられる哲学的、倫理的なテーマとして面白いと思いました。そこで、02年秋に、社会面で「自浄のホイッスル──内部告発者保護」という連載企画で記事を10本以上書きました。三菱自動車の顧客からのクレーム隠しや、社会保険庁の接待問題などを取り上げ、大きな反響がありました。
内部告発の本質は「情報開示」
── 03年には米国と英国の実情を伝える連載を書き、日本の法制度の制定にも大きな影響を与えました。内部通報の本質とは何なのでしょうか。
奥山 証券取引等監視委員会を取材していた時に当時の幹部が、証券取引法(現・金融商品取引法)の本質はディスクロージャー(情報開示)と言っていました。「インサイダー規制は、取引を罰しているように見えるが、情報の非対称性を罰している。相場操縦の罪の本質も株価に関する情報開示をゆがめているところにある」と。
内部告発も、その背景に隠蔽(いんぺい)といいますか、開示されるべき情報が開示されない情報の目詰まりやゆがみがあります。だから、内部告発という態様を取らざるを得ない。これは、企業に限らず、国家の統治機構にも当てはまります。国民に知らされるべき情報が知らされず、国民にウソをついている。あるいは、情報の非対称性を利用して利権をむさぼっている人たちやそれを許すシステムがある時に、それを明らかにするのが、内部告発です。
国家においては、有権者、主権者が意思決定をするときに、必要な情報がインフォームされていることが大事です。そのため、まずは、情報公開法などで、情報が流れる回路をあらかじめ作っておく。それでも、情報開示に目詰まりがあれば、ラストリゾート(最後の手段)として内部告発がされるように、制度を整備しておくということです。
── 内部告発制度が充実していれば、11年3月の東京電力の福島第1原発事故は防げたのでしょうか。
奥山 そのことは何度も自問していますが、「法律が整備されていたら、未然に防げた」ということは言いづらいです。東京電力の企業風土が津波対策をさせなかったのであり、それを法律で規制することは難しい。福島第1原発の南、茨城県の同じ太平洋側に日本原子力発電の東海第2発電所があります。同社は、政府の地震調査研究推進本部が02年に公表した津波地震を予測した「長期評価」を基に08年、津波が敷地内に来ると予測し、08~09年に東海第2の津波対策を実施しています。具体的には、建屋の扉にゴムパッキンを付け防水仕様にし、出入り口に堰(せき)を作りました。
しかし、東電では社内の担当部署が「津波対策は不可避」と判断していたのに、経営陣の了承が得られず何もしなかった。東海第2が対策をしているという情報も東電には入っていたにもかかわらずです。
── 福島の原発事故は公益通報者保護法の整備とは別の問題と。
奥山 ええ。しかし、法の精神、趣旨は生かせると思います。津波のリスクに関する担当部署の認識や情報を生かしていれば、東海第2と同様の対策がとられていたのに、実際にはそうした情報が等身大の姿で東電の経営陣に共有されることはありませんでした。もちろん、報道機関や一般の人たちも知らされませんでした。仮に共有されていれば、何もしないという事態はあり得なかったでしょう。
法律の枠を超えて俯瞰(ふかん)すると、情報共有の大切さは、単に不正の端緒を見つけることだけにとどまらないことが分かります。業務を改善するプロセスや新しい技術や商品のアイデアが現場にあれば、そういうプラスの情報も共有して事業に生かせれば、会社の発展につながります。
「告発者に報復するオリンパスは『他山の石』」
露骨な報復人事を放置
── 『内部告発のケーススタディ』では、内部通報への対応に失敗した事例として、オリンパスに紙幅を多く割いています。
奥山 同社は、公益通報者保護法制を考えるうえで、参考になる具体的な事例の宝庫です。11年の粉飾決算発覚のきっかけとなった当時の英国人社長、マイケル・ウッドフォード氏の内部告発が一番有名です。しかし、これ以外にも、非破壊検査装置でのライバル企業からの道義に反した人材引き抜き、中国のカメラ工場における税関トラブルでの不明朗な支出疑惑、また、欧米での十二指腸内視鏡の院内感染隠蔽など不祥事が頻発し、国内外のさまざまな階層の従業員が内部告発せざるを得ない立場に追い込まれました。それに対し、同社は、内部告発や正当な内部通報への露骨な報復人事を放置し、その結果、行政当局やマスコミへの内部告発が続発しました。これらの事件は、日本の公益通報者保護法の改正や、その運用にも大きな影響を与えています。
── 同社からはどのような教訓が得られますか。
奥山 オリンパスは内部告発者への報復を続ける「アピアランス(外観)」を呈させることで、皮肉なことに、内部告発をし放題な環境を社内に整えてしまっています。この状況は、この6月の公益通報者保護法の法改正によって、より強化されるでしょう。オリンパスは、他の企業にとって、教訓を学ぶべき貴重な「他山の石」となっています。
週刊エコノミスト2022年9月27日号掲載
情熱人 /46 公益通報制度の意義を伝える 奥山俊宏 ジャーナリスト・上智大学教授