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アウディが北海道で風力発電を訪ねるプレスツアー①「送電」を巡る再エネの課題が浮き彫りに
独自動車メーカー、アウディの日本法人、アウディ・ジャパンは9月10~11日の2日間、第5回目の「アウディ・サステナブル・フューチャー・ツアー」を北海道の稚内・旭川地方で開催した。同ツアーは、日本におけるモビリティ(交通移動手段)の脱炭素化とその動力源としての再生可能エネルギー(再エネ)の普及、さらに、持続可能な社会の構築について、議論を深めるのを目的としたプレスツアーで、2022年から日本各地で開催している。
日本有数の風力発電の適地
今回のメインテーマは、「風力発電」だ。自然エネルギー財団によると、日本全国の陸上風力と洋上風力の発電ポテンシャルは合計656ギガワット。一基の発電能力が1ギガワットと言われる原子力発電所656基分に相当する。そのうち、北海道は320ギガワットと潜在風力資源の半分を占める。特に、ツアーで訪れた稚内地方はオホーツク海と日本海に挟まれ、1年を通して強い風が吹き、日本有数の風力発電の適地として知られる。
ツアー初日は羽田空港に朝7時集合、新千歳空港で乗り換えてから、稚内空港に11時10分に到着する予定だったが、稚内に向かうプロペラ機がなかなか飛ばず、到着は13時過ぎに。ここから、参加者はグループごとにアウディの最新電気自動車(EV)を運転し、最初の目的地である「北豊富(きたとよとみ)変電所」に向かった。空港から32キロほど南下したところにある。
408馬力の最新EVで目的地に向かう
私のグループに割り当てられたのは、大型SUV(スポーツ多目的車)の「アウディQ8 55 e-tron quattro」。全長4915ミリメートル、全幅1935ミリメートル、全高1635ミリメートル、ホイールベース2930ミリメートル、車重は2600キログラムの重量級EVだ。四輪駆動で最高出力は300キロワット(408馬力)、最大トルクは664ニュートンメートルある。車載電池の容量は114キロワット時で、航続距離はWLTCモードで501キロメートルだ。
超高性能のEVだが、ハンドルを握った自動車ウエブ媒体の記者は、交通規則に沿って、ゆっくりとQ8を走らせる。アウディのEVはツアーで何回も乗ったことがあるが、高級車だけあって、乗り心地が良いのが特徴だ。全体的にスポーティーな味付けの硬めのサスペンションなのだが、大きな段差を乗り越えても、そのショックが最小限に抑えられている。長距離を乗っても疲れない。エンジンの燃焼に伴う音や振動がないのも、快適だ。
稚内の飛行場から国道232号を西に走ると、なだらかな丘の上に風車がたくさん見えてくる。行く先々のあらゆる丘に風車があるイメージだ。東京では風車をみることがほとんどないだけに、北海道の風力発電がいかに盛んか実感させられた。
世界最大規模の蓄電施設を持つ北豊富変電所
途中から稚内と旭川を結ぶ国道40号線を南下し、北豊富変電所には14時20分に到着した。ここは、2023年から稼働を開始した国内最大の送変電設備で、世界最大規模の720メガワット時の蓄電施設も合わせ持つ。
一行はまず、施設を運営する北海道北部風力送電株式会社の住吉亨社長に案内され、変電所の脇にある小高い丘に登り、施設全体を見下ろしながら、説明を聞いた。住吉さんによると、ここ北海道北部地域は国内でもとりわけ風況の良い場所で、風力発電に向いている。だが、電気を運ぶ送電網が弱く、新規の風力発電施設が建設できない状況が続いていたという。この問題を解決するために、新規の送電線と変電所、蓄電施設を建設。2023年4月から運用を開始した。
送電網の整備で、風車127基の新設が可能に
新たに建設された送電線は一番北が稚内空港から最南端は中川町まで総延長78キロメートル、鉄塔数で269基ある。風力発電は、風の強さにより、出力が変動する特性を持っており、それに対応するために、蓄電施設も備えた。いったん、風力発電の電気の電圧を整えて電池に貯め、50キロ先の中川町にある北海道電力との連携点まで送り込む。
住吉さんは、「この設備ができることにより、この2年間で、九つの新たなウィンドファーム(風力発電施設)、風車の数で言うと127本が新設できるようになった」と話す。風車1基当たりの発電能力は4メガワット前後、127基合計では540メガワットの発電能力がある。
「系統制約」を解消
「送電線の容量が一杯で、電気が送れない状態のことを『系統制約』と呼んでいる。その解決策としては、①送電線の新設、②送電網の増強――がある。この地域は当社が送電線を新設したので、北海道北部では系統制約は解決された」(住吉さん)。
総事業費は1050億円で、送電線、変電所、蓄電池の費用はそれぞれ3分の1くらい。蓄電施設の電池はリチウムイオン電池でGSユアサ製だ。720メガワットの蓄電容量は、私が乗ってきたアウディQ8の蓄電池約6300台分に相当する。
蓄電施設の周囲には、大小の変圧器が設置されている。ウィンドファームから送られてきた6万6000ボルトの交流の電気は、変圧器で2万2000ボルト、610ボルトと段階的に降圧され、最後は、1068ボルトの直流電気に昇圧され、蓄電池に充電される。
蓄電棟内には二酸化炭素を使った消火装置
蓄電棟は、A棟、B棟の二つからなる。内部の撮影は許されなかったが、同社の松尾敏・送変電業務部長の案内でそのうちの一つに入ることができた。A棟、B棟とも同じ大きさで、それぞれ五つの部屋に分かれている。左右の二つずつの部屋に蓄電池が設置され、真ん中の部屋に二酸化炭素を使った消火設備が収められている。「リチウムイオン電池の火災は水では消すことが難しい」(松尾さん)からだ。電池が発熱しないように、蓄電棟の内部は、年間を通じて20度の温度に保たれている。外から入ると、ひんやりして心地よかった。
住吉さんは、「当社は操業2年目で、安定した電気を届けるためにも、人材の厚みが必要。地域の、特に若い人たちに関心を持ってもらい、クリーンエネルギー産業を支えてもらえるようになると、施設の運営が安定的にできる。そんな人材が育ってくれると嬉しい」と抱負を語った。
28基の風車が3キロ立ち並ぶオトンルイ風力発電所
北豊富変電所を見学した後、再びQ8に乗り込み、今度は、幌延町のオトンルイ風力発電所に向かう。その途中、日本で3番目の大きさの湿原であるサロベツ原野にも立ち寄ったのだが、それについては、次回、紹介したい。
オトンルイ風力発電所は、日本海に面したまっすぐな海岸線に、28基の風車が3キロに渡り立ち並ぶ。オトンルイはアイヌ語で「浜にある道」を意味する。「日本海オロロンライン」の絶景スポットとしても知られる。北豊富変電所からは南に40キロほどだ。発電所はJFEエンジニアリングと幌延町の共同事業で、運営しているのは幌延風力発電株式会社である。
予定より2時間遅れの17時頃に到着。同社の古本直行・代表取締役から設立の経緯を聞いた。「2000年ころ、地球環境問題からクリーンエネルギーの導入機運が高まり、幌延町としても率先してやろうと、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の事業に応募した。この地域はものすごく風に恵まれている、住民の環境意識を高めるためにも、風力発電をしようということになった」(古本さん)。NEDOの風況データによると、この地域は、10年間の全平均で秒速7.6メートルの風が吹いているという。
会社は2000年10月に設立され、03年に売電を開始した。風車1基当たり750キロワット、28基全体では2万1000キロワットの出力がある。
風車の高さは74メートル、羽の直径は50メートル
同社電気主任技師の村上さんによると、風車の高さは74メートル、羽の直径は50メートル。28基もの巨大な風車がブンブンとうなり声を上げながら回る様子は、まさに壮観だ。風車の脇に設置してある風力発電表示装置を見ると、風速は秒速14.6メートルを示している。年間平均風速の2倍近い。
オトンルイ風力発電所は2004年から23年までの20年間で、1000テラワット時の電力を供給した。石油火力発電所に比べると、年間70万トンのCO2排出量の削減効果がある。ただ、操業から20年間が経過し、風車の老朽化が進んでいる。「現在稼働している出力10メガワット以上の風車では国内最古」(古本さん)。風車の柱の基部を見ると、確かに錆も目立つ。そのため、今後、4200キロワットの大型風車5台への更新を予定している。風車の高さは150メートルなので、大きさは今の2倍だ。
送電線の制約で、能力の8割しか使えず
古本さんは最後に北海道の再エネが抱える課題について語った。「自然エネルギーの導入によって、太陽光と風力の電気が北海道内に溢れている。2018年に発生した北海道胆振東部(いぶりとうぶ)地震により、大規模な停電が起こったため、北海道電力はベース電源を強化し、まもなく、泊原発の3号機が稼働する。そうすると再び、再エネの電力が溢れてしまう」。
そうなると、再エネ施設は年間20%以上の出力抑制を要請される。「せっかく100%発電できるのに、能力の8割しか使えず、もったいない」(古本さん)。この問題を解決するため、2030年をめどに本州との間に海底送電ケーブルが敷設される計画だったが、今年3月、完成時期が34年に先送りされると発表された。「こちらとしては、早く送電線を引いてもらいたいのだが」。再エネの生産地と消費地をつなぐ送電網の不備が、日本の再エネ普及の壁の一因になっていることが、今回のツアーでは浮き彫りになった。
(稲留正英・編集部)
(第2回に続く)