経済・企業 EV最前線
トランプ氏再登板は内燃機関復活の号砲か――マツダ「超希薄燃焼」車に1000キロ乗って考えたエンジンの未来
筆者は10月2日、エコノミストオンラインに「最新エンジン車に試乗して分かった『EV失速』の本当の原因――優れたデザインで298万円、侮れない国産ガソリン車の競争力」と題する記事を掲載した。足元の世界的な電気自動車(EV)の販売減速を、エンジン車と比較した価格競争力の不足の観点から指摘したものだ。
「Drill, Baby, Drill!」
その約1カ月後の11月5日、米大統領選でトランプ元大統領が劇的な返り咲きを果たした。トランプ氏は、「Drill, Baby, Drill!」((化石燃料を)掘れ、ベイビー、掘れ!)をスローガンに、温室効果ガスの排出量を抑える国際的な枠組みであるパリ協定からの離脱を公約する。同氏の号令で、米国が再びシェールオイルの増産に走れば、原油価格は下がり、インフレに苦しむ米国の一般大衆はEVより割安なエンジン車やハイブリッド車を選好するかもしれない。地球温暖化が進めば、長期的には自動車の電動化も必要になるが、その歩みはこれまでの想定よりもゆっくりとしたものになるはずだ。
これがEV化で出遅れた日本メーカーにとって吉と出るのか、まだ、分からない。しかし、EVとエンジン車の併存期間が長くなる可能性があり、内燃機関の効率を高めるのも、企業戦略として十分に合理的になる。マツダは「マルチソリューション戦略」と称して、内燃機関の開発も継続しながら、2050年に向け全製品のライフサイクルでの温室効果ガスの排出量ゼロを目指している。
より高出力・高トルク「スカイアクティブX」
さて、前回の試乗記では、マツダの小型車「マツダ3」について、優れたデザインやドライビングポジション、走行安定性を持つものの、排気量2000ccのガソリンエンジンがトルク・加速感に欠けやや平凡だ、と評した。しかし、マツダ3には、より高出力、高トルクの「スカイアクティブX」というガソリン車もあり、これに乗れば、印象が変わるかもしれないとも記した。マツダ広報の協力で11月初旬にその車両に1000キロほど乗る機会を得たので、感想を述べたい。
ディーゼルと同じ「圧縮着火」を採用
スカイアクティブXは、簡単に言うと、ディーゼルと同じ「圧縮着火(Compression Ignition)」方式を採用したガソリンエンジンだ。ディーゼルはエンジンの内燃室で、燃料と空気の混合気を強く圧縮し、それで発生する圧力と熱で混合気を着火・爆発させ、ピストンを押して回転エネルギーを得る。
スカイアクティブXは、燃焼効率を高めるため、混合気の圧縮比を従来の15対1から、16.3対1にまで高めるとともに、混合気の空燃比を理想空燃比である「空気14.7対燃料1」から、超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)の30対1以上まで上昇させた。しかし、ここまで混合気が薄いと、スパークプラグによる着火では燃えにくくなるので、ディーゼルと同じ圧縮着火方式を採用した。
スパークプラグを圧縮着火の制御に活用
ただし、ガソリンの圧縮着火は、ディーゼルに比べて、成立する温度と圧力の範囲が小さいという課題があった。そこで、スパークプラグによって発生する膨張火炎球を、「混合気を追加圧縮するエアピストン」として燃焼室内の圧力と温度の制御に活用し、安定した圧縮着火を実現した。マツダはこの技術をSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition=スパーク制御圧縮着火)と名付けている。
熱効率は40%超を実現
この新エンジンは、投入した熱エネルギーに対し得られる運動エネルギーの量を示す「熱効率」が40%超と、従来のガソリン車(同30~35%)と比べて高いのが特徴だ。
使用するガソリンが従来モデルのレギュラーに対し、スカイアクティブXはハイオクという違いはあるものの、出力は190馬力、トルクは240ニュートンメートルと、従来のガソリンモデル(156馬力、199ニュートンメートル)より2割ほど高められている。一方、環境性能を同じ4輪駆動・オートマチック車で比較した場合、走行1キロ当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は、従来のガソリン車の146グラムに対し、スカイアクティブXは139グラムと減らしている。
さて、実際に乗ってみた印象はどうなのか。11月初旬の3連休に、マツダの広報からスカイアクティブXの四輪駆動の6速マニュアル車を借りて、試乗した。エンジンの排気量は通常のガソリン車と同じ2000ccだ。
最初の2日間は、東京都内から浜名湖まで1泊2日で出かけ、最終日は、西伊豆まで日帰りで往復した。
高い静粛性とずっしりとした乗り心地
スタートボタンを押してエンジンをかけると、音や振動は普通のガソリン車と変わらない。しかし、車重は四輪駆動機構があるため1520キロと前回の試乗車(1380キロ)より重く、ずっしりとした乗り心地だ。エンジンやロードノイズがうまく遮断されているため、より高級な車に乗っている感じがする。
高速での加速でトルク不足が解消
前回の試乗記では、高速における追い越し加速でトルクが不足することが不満だと書いた。今回は、新東名高速道路の制限速度が時速120キロの区間を走らせたが、トルク不足の問題は見事に解消していた。変速機のギアが6段に入っていても、アクセルを踏めば、時速100キロから難なく加速する。5速に落とせば、より加速は鋭くなる。これなら、追い越し加速にストレスを感じることはない。
ほとんどの領域で稼働する「SPCCI」
SPCCIという従来とは異なる燃焼方式だが、エンジンの回転はスムーズで、言われなければ、出来の良い普通のガソリン車に乗っている印象だ。ナビを表示するダッシュボード上の液晶画面で、SPCCIの稼働状況を確認できるが、私が見た限りでは、高速でも山道でもほとんどの走行領域でSPCCIを実現しており、実用的な機構だと感じる。
浜松いなさジャンクションで新東名を降り、連絡道路を通って、東名高速の三ケ日インターチェンジから、浜名湖の支湖である猪鼻湖の湖畔に出た。湖岸に沿って、程よいワインディングロードが続く。マツダ3のギアを2速に入れ、アクセルを踏み込むと、エンジンは「クオーン」と快音を発しながら、スムーズに回転数を上げていった。加速度は十分で、快感であった。シフトレバーの感触もよく、2速、3速とギアチェンジを繰り返しながら、リズムよく走ることができた。
急な坂道を4速固定で駆け上がる
3日目は大人の男性3人乗車で、東名から箱根の有料道路ターンパイクに出かけた。ターンパイクは小田原市のふもとの料金所から頂上の大観山展望まで一気に駆け上がることで有名だが、スカイアクティブXは太いトルクで、急な坂道を4速ギアで難なく登って行った。ターンパイクからは伊豆スカイラインを経由して、西伊豆の松崎町まで、急峻な山道を駆け抜けた。ここでも、ほぼ、ギアを4速に固定し、半ばオートマチック車のように走った。非常に粘りがあるエンジンだ。
1021キロで総合燃費1リットル=14.1キロ
燃費は東京都内から浜名湖までの往復の574キロで1リットル当たり15.4キロ。都内の低速走行でも燃費は10キロを割り込むことはなかった。伊豆の山間部を走った三日目を含めると、総走行距離は1021キロ、総合燃費は14.1キロとなった。3日目は、スカイアクティブXのエンジンが高回転まで回すと気持ち良いので、山中でついつい2速、3速ギアで高回転まで引っ張ることが多かったが、その割に燃費はあまり低下しなかった。参考までに記すと、前回試乗したマツダ3の普通のガソリン車は仙台までの往復の1116キロで1リットル=13.7キロであった。
スカイアクティブX搭載車が提供する価値を一言で表すと、「走りは従来のガソリン車より大幅に楽しいのに、燃費や環境性能も優れている」ということになる。
エンジン価格の高さが課題に
こうなると、あとは、価格だけが問題となる。今回試乗したマツダ3ファストバックスカイアクティブXの価格は398万円。前回試乗した通常のガソリン車が同じ四輪駆動車で323万円だから、差額は75万円。オプションのワインレッドの合成皮革内装(15万4000円)を差し引いても、差額は約60万円ある。
値段が高くなるのはエンジンが高価だからだ。ガソリンで安定した希薄燃焼を実現するため、通常のガソリン車に比べて、①新形状ピストン、②超高圧燃料噴射システム、③高応答エアサプライ、④筒内圧センサー――を開発・採用していることが高コストにつながっている。
需要喚起にコストダウンを進めるべき
この値段を高いと考えるのか、あるいは、妥当と見るのか。ホンダは小型車シビックに「RS」という排気量1500ccで6速マニュアルのグレードを発売している。最高出力は182馬力、最大トルクは240ニュートンメートルでマツダ3とほぼ互角だ。しかし、駆動方式は前輪駆動で値段は420万円。それに比べれば、マツダ3はむしろ安い。
だが、マツダは、このスカイアクティブXの売れ行きが想定より悪いため、マツダ3とその姉妹車であるSUV(スポーツ多目的車)のCX-30 で同エンジン車のラインアップを大幅に縮小し、現在、入手できるのはマツダ3ファストバックの2グレードのみだ。しかし、クルマの完成度は、クルマ好きの私から見ても高い。スカイアクティブXのコストダウンを進め、マツダ3のディーゼルエンジン車(同様のグレードで350万円)並みに価格を引き下げ、真のクルマ好きの需要を喚起する経営判断もあるはずだ。
超希薄燃焼の一段の進化に掛けるマツダ
ところで、マツダは11月7日、2024年9月中間決算の発表会で、2027年中にスカイアクティブXの進化版である「スカイアクティブZ」を市場投入することを明らかにした。希薄燃焼にさらに磨きをかけたもので、「理想の熱効率にさらに近づき、環境性能と走行性能を高い次元で両立するエンジンとして、顧客の実走行での燃費/パフォーマンスの改善を実感できる」(広報部)としている。マツダの内燃機関重視の姿勢が吉と出るのか、今後も注視したい。(稲留正英・編集部)