「我々が社会分断を進めた?」と反省するリベラル派と主流派経済学 安藤大介・編集部
11月5日に投開票された米大統領選は、共和党のトランプ前大統領の勝利に終わった。敗れた民主党のハリス副大統領の支持者からは「連邦議会襲撃事件を扇動し、民主主義への攻撃をしたトランプ氏が、なぜ再選されるのか」との疑問の声が上がった。
双方の主張の隔たりは大きく、社会の分断は加速している。ただ、選挙戦が終わって落ち着きを取り戻してみると、民主党を支持した一部からは「トランプ支持者を嫌うことなく、その声に耳を傾けることができた人が、どれだけいただろうか」との自省の弁も出てきた。トランプ氏を批判してきた民主党こそが、分断を加速させてきたのではとの反省だ。
ハリス支持層を象徴するリベラル派には都市部に住む高学歴・高収入のエリートが多い。移民問題や民主主義、気候変動問題などへの関心も強い。
一方、経済リサーチを手がける米ゴーバンキングレーツが昨年11月に実施した調査によると、回答した米国の成人1000人あまりのうち約半数が、預金口座の保有額が500ドル(約7万7000円)以下だと回答した。物価高が進む中、労働者層の生活の苦しさは増している。目の前の生活に追われる人たちには、リベラル派の議論は届かない。そればかりか、「考えの押しつけ」と反発さえ呼んできた。
大統領選では労働者層によるトランプ氏支持が増したことが判明しており、「分断を加速させたのは民主党」との見方はじわりと広がっている。堀内勉・多摩大学大学院教授は「我々はもっと人間の深い部分に思いを巡らせなければ、社会の分断を食い止めることはできないのでは」と指摘する。
見えざる手
分断が進む状況を変えることはできないのか。注目される一つのカギは「他者への共感」だ。
「人間の心の作用の本性は他者に対する共感にある」
歴史をひもとくと、「経済学の父」とも呼ばれる経済学者アダム・スミスは、1759年に出版した『道徳感情論』で他者への共感の重要性を説いた。スミスを研究する坂本達哉・慶応義塾大学名誉教授は、スミスが説く「共感(シンパシー)」について「他人の喜びと悲しみの双方に適用される概念」と解説する。社会の分断が進む中、「共感」を説いた同書に時代を越えて光が当たっている。
ところが同書は、その後、脇に置かれたような存在になってしまった。「見えざる手」で知られ、個人の利益追求が社会の利益を増すことなどを記した『国富論』が大ヒットしたためだ。
さらに、道徳をも含めた著書だった国富論は、現代の主流派経済学へ続く過程で姿を変えた。主流派経済学は人間を、利己心の下、完全に合理的に行動する存在(ホモエコノミクス)と位置づけている。この前提は、現実の人間行動を十分に反映していないとの批判へとつながっている。
経済学もまた、失われた人間らしさや他者との関係を取り戻すよう、求められている。
(安藤大介・編集部)
週刊エコノミスト2024年12月3日号掲載
経済学の現在地 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる=安藤大介