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資源・エネルギー 福島後の未来をつくる

人口減少でも経済成長させる地域エネルギー政策の長野モデル=田中信一郎 福島後の未来をつくる/77 

 日本は、2008年から有史以来初の人口減少時代に突入している。08年に1億2800万人のピークを迎え、現在に至るまで減少を続けている。国のシナリオの「60年に1億人」が実現しても、人口急減が続くことに違いはない。70年ごろまで急減が続き、その後、9000万人で定常化すると想定されている。

 人口減少は、内需を中心とする地域経済に大きな影響を及ぼす。地域と運命を共にするガス、交通、金融、建設、小売りなどは需要縮小が避けられない。住民や自治体から見ると、地域経済の縮小は、どうしても避けたいところだ。民間企業によって供給されている住民サービスの縮小・撤退を意味し、さらなる住民の流出を助長しかねないからである。

 人口減少が避けられない現実だとすれば、地域経済の縮小こそ避けなければならない。

 1人当たりの稼ぐ力を高め、域外から稼ぎつつ、その稼ぎを地域内で消費・投資する地域経済循環を形成することが必要だ。

 これまでの地域経済政策は、人口増加を前提にしてきた。自治体の主な政策は、増え続ける住民の雇用先となる企業を誘致することと、大企業の下請けとなる中小企業の資金繰りを支援することだった。

 一方、経済構造の全体を俯瞰(ふかん)し、地域の資金収支を改善することには不熱心だった。自治体は、商工、農林、建設と縦割り化し、地域経済の一翼を担う健康福祉や教育などについては、産業としての視点を持っていなかった。

 しかし、人口減少や資金収支という視点では、これらの政策は地域経済のさらなる衰退を招く恐れがある。雇用先でなく、働き手の不足が常態化するからだ。

 そのため、自治体は経済政策の抜本的な転換を迫られている。従来の政策を継続すれば、縮小していく雇用者と消費者の奪い合いを、域外資本と地域資本が繰り広げ、自治体が火に油を注ぐかたちになるからだ。

エネルギーの地域化

 その際、政策の見直しに加えて、地域エネルギー政策を確立することが重要になる。電気・ガス・燃料は、元をたどると、石油・石炭・液化天然ガス(LNG)とほぼ海外産である。消費と引き換えに、代金を日々、それらの産出国に支払っているわけだ。

 地域エネルギー政策によって、エネルギーの利用の効率化と産出の地域化を促進すれば、その分だけ、資金収支が改善する(図)。

 例えば、地域の工務店に200万円で建物の断熱改修をしてもらい、毎年10万円の光熱費を減らしたとすれば、20年間で投資回収できる。

 これを工務店から見れば、顧客が200万円を域外に光熱費として支払う代わりに、新たな仕事を受注したことになる。同様に、燃料を地域産の木質チップに変更すれば、域外に流出するはずの燃料代が、地域の木材業者や森林組合へ行くことになる。風力や太陽光で発電した電気を大都市に売れば、域外から新たな収入を得ることにもなる。

 長野県では、13年度から地域エネルギー政策を経済政策に位置付け、エネルギーと経済の好循環に取り組み始めている。同年度からの「長野県環境エネルギー戦略」は、経済成長とエネルギー消費量・温室効果ガス排出量抑制の両立を目指している。なお、福島原発事故から半年後の11年10月から、筆者は長野県の任期付きの課長級職員として、5年間にわたりエネルギー政策に携わった。

 省エネ分野では、新築建物にエネルギー性能の検討を義務づけている。それと合わせ、建築事業者が施主に客観的な性能をデータで説明できるよう、評価ツールを普及した。例えば、建築費2000万円で年間光熱費20万円の住宅と、建築費2200万円で年間光熱費10万円の住宅のどちらを建てるか、施主は選べるようになったわけである。

 その結果、長野県の新築では、省エネ住宅の割合が大幅に増加した。国の省エネ基準を上回る新築戸建て住宅は、正確な統計はないものの、全国平均で3~4割といわれる。16年の長野県調査では、8割を超える新築住宅が省エネ基準を上回っていた。

 再エネ分野では、事業に取り組むスタートアップや中小企業を促進している。長野県内で再エネ普及を目指す産官学民のネットワーク組織「自然エネルギー信州ネット」に、再エネ事業に関心をもつ行政、中小企業、NPO(非営利組織)、専門家、研究者、個人が参加し、再エネ事業に関する情報やノウハウを交換している。

 その結果、再エネ事業に取り組む事業者が県内各地に生まれている。例えば、「上田市民エネルギー」は、市民から小口の資金を集め、太陽光発電事業を展開している。18年5月現在、同県上田市を中心に、41カ所・600キロワットの設備を展開している。

 さらに長野県は、18年6月に国から「SDGs(持続可能な開発目標)未来都市」に選定され、地域エネルギー政策を活用した地域経済循環の強化に取り組み始めている。

4400億円の付加価値

 長野県の地域エネルギー政策は、大きな地域経済効果を生むと見込まれている。立命館大学のラウパッハ教授らの分析によると、長野県の再エネ目標(10年10万キロワット→50年300万キロワット)が達成された場合、50年までの累積で最大4400億円の付加価値(給与・報酬・税収などの合計)が再エネ事業を通じて生まれると試算されている。

 この分析から、再エネ事業における資本・経営・資金の帰属の重要性が明らかになった。再エネ事業は、ほとんど雇用を生まないため、誘致しても固定資産税くらいしかメリットはない。けれども、利益を生まないわけでなく、利益の多くが事業所得になることが特徴である。

 つまり、地域の企業や住民が出資と経営を担い、地域の金融機関が融資したとき、地域への経済効果が最大化される。出資・経営・融資のすべてを地域で担う手法を「地域主導型」と呼ぶ。一方、いずれも域外で担われる「外部主導型」では、地域への経済効果は小さくなる。

 長野県では、地域主導型の促進を方針とし、そのための支援策を積極的に講じてきた。信州ネットはその一環で、地域金融機関からの融資を後押しする補助金も設けている。

 こうした長野県の地域エネルギー政策は、地域固有の状況に依存するものでなく、全国の自治体に水平展開できるものだ。図に代表される考え方を理解することがポイントである。

 ちなみに、地域経済に資するエネルギー政策が現実的になったのは、福島原発事故の11年以降である。再エネの固定価格買い取り制度が国会で成立し、再エネ発電で収益をあげることが容易になった。並行して、再エネ技術が安価になり、建築などの省エネ技術が高まり、地域エネルギー政策の手法が確立していった。それらが相まって、神奈川県小田原市や北海道下川町、同ニセコ町など、同様の政策に取り組む自治体が、各地に増えつつある。

(田中信一郎・地域政策デザインオフィス代表理事)


 ■人物略歴

たなか・しんいちろう

 1973年愛知県生まれ。国会議員政策秘書、内閣官房、長野県環境部環境エネルギー課企画幹、自然エネルギー財団特任研究員などを経て、現在に至る。千葉商科大学特別客員准教授、酪農学園大学農食環境学群特任准教授、博士(政治学)。

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