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血液のがん 上陸間近のCAR-T療法 効果絶大も課題はコスト=福島安紀 がんに勝つ薬
従来の方法では完治しないがんに対する治療法として注目を集めているのが、免疫細胞を活性化させてがんを攻撃する「CAR-T(カーティー)(キメラ抗原受容体T)細胞療法」だ。
患者の血液を採取してT細胞(免疫細胞の一種)を取り出し、がん細胞を認識するキメラ抗原受容体を遺伝子改変によって組み込んで培養、それを体内に戻す。患者に点滴投与されたCAR-Tには、免疫細胞を活性化させる機能が組み込まれ、がん細胞だけを攻撃する仕組みだ。
すでに米国と欧州では、スイスのノバルティスが開発したCAR-T療法「キムリア」が、他の治療法が効かない血液がんに実用化されている。日本でも今年4月、25歳以下の再発・難治性のB細胞性急性リンパ性白血病(ALL)と、成人の悪性リンパ腫の一種の再発・難治性大細胞型B細胞リンパ腫を対象疾患として承認申請されており、近い将来実用化される見通しだ。
キムリアは、B細胞性ALLなどのがん細胞の表面にあるたんぱく質「CD19」を標的に、攻撃するように遺伝子改変された治療薬。
「B細胞性ALLは、再発して抗がん剤が効かなくなると治癒が難しい。キムリアは、そういった厳しい状態のB細胞性ALLを対象にした臨床試験で8~9割もの患者が、がん細胞が顕微鏡で見えない状態である完全寛解になった画期的な治療だ」
慶応義塾大学医学部先端医科学研究所長の河上裕教授はそう解説する。脳浮腫などの重い副作用も報告されているが、それらを制御する方法も確立されつつある。
一方、日本でもCAR-T療法の開発が進む。タカラバイオは大塚製薬と共同で、成人の再発・難治性のB細胞性ALLを対象とした治験を実施中だ。また、第一三共は、再発・難治性の大細胞型B細胞リンパ腫などの悪性リンパ腫を対象にした治験を準備中だ。すでに米国と欧州では承認され、日本では「希少疾病用再生医療等製品」に指定されているので、日本人対象の臨床試験で効果が認められれば、迅速に実用化される可能性がある。
「固形がん」でも開発中
ただし今のところ、CAR-T療法の効果は、CD19が表面にある一部の血液がんに限られる。患者数の多い肺がん、大腸がんなどの「固形がん」には使えないのか。
「固形がんに対するCAR-T療法は、まだ十分な結果が得られていない。しかし、T細胞にがんを認識するTCR遺伝子を組み込んで患者に投与する治療法では一部良い結果が得られており、米国を中心に進められている。TCR-T療法と呼ばれるものだ」と河上教授。日本でもタカラバイオが、まれながんの一種「滑膜肉腫」を対象にTCR-T療法の治験を進める。武田薬品工業も、山口大学医学部と国立がん研究センター発ベンチャーのノイルイミューン・バイオテック社と提携して、固形がんのCAR-T療法開発に乗り出した。
課題は、患者のT細胞を取り出して遺伝子改変するオーダーメード治療であり、莫大(ばくだい)なコストがかかること。米国では、キムリア1回が47万5000ドル(約5320万円)で、効果が出た患者のみ費用を支払う仕組みになっている。日本でも薬価次第で国の社会保険財政を圧迫しかねない。
費用を抑えた遺伝子改変研究も進行中で、CD19以外のたんぱくを標的にしたCAR-T療法の開発と共に低コスト化が期待される。
(福島安紀・医療ライター)