統計が政治問題化する必然=黒崎亜弓
問われる中立性
「政権に都合が良いように作られている」と統計が疑われるのには理由がある。古今東西、権力者が操作したくなるものなのだ。「操作されているか否か」の議論に費やす労力を、その議論をせずに済むような制度改革に回してはどうか。
2月18日に衆議院予算委員会で開かれた毎月勤労統計をめぐる集中審議。野党は2018年に賃金上昇率が上振れたことについて「アベノミクスの成果を演出しようとした賃金偽装ではないか」と追及した。
数字が上振れた原因は二つある。一つは不正、もう一つは調査方法の変更だ。
そのうち、不正にまつわる復元の開始については、長年、抽出(3分の1のサンプル調査)の復元(約3倍に補整)を行わず過少に算出されていたことの正常化であって、「数字を上振れさせるために復元を始めた」という見立てには少々無理がある。
野党の攻撃は不正を離れ、18年1月に調査方法を変更した経緯へも向かった。15年のサンプルの一斉入れ替えに伴い、過去にさかのぼっての改定で賃金上昇率が押し下げられたことを官邸が問題視した事実が明らかになると、攻勢が強まった。
調査手法には一長一短あるが、一定期間に一定のサンプルを入れ替えるローテーションサンプリング自体は他の統計でも多く採用されており、毎月勤労統計でも導入を求める声は長年利用者の間にあったという。調査現場の負担増などのハードルを、政治の圧力で一気に越えたという見方はできる。
問題は一つ一つの疑念の正否ではない。権力者には、統計を自身の都合のいいように操作するインセンティブ(動機付け)があり、特に、国民生活に直結する雇用・所得をめぐる統計はその対象となりやすいことにある。
折しも2月、インドで統計機関のトップが辞任表明したと報じられた。総選挙を控えるなか、政府が雇用に関する報告書の発表を遅らせていることに対する抗議の辞任という。報告書は失業率の上昇を示していると予想されている。
韓国では昨年8月、統計庁トップが更迭された。家計動向調査で所得指標が悪化し、政権が進める所得主導成長政策は逆効果を招いているとの批判が起こっていた。
統計は政治からのプレッシャーを受けやすいものだからこそ、操作されているのではないかという不信感を持たれないためにも、その中立性をシステム設計の面で高める必要がある。
官僚が忖度する人事制度
ところが、今の日本はむしろ、政治による操作が疑われやすい構造となっている。
14年の公務員制度改革により、官邸が各省庁幹部の人事権を握った。明治大学公共政策大学院の田中秀明教授は「官僚が官邸の顔色をうかがい、忖度(そんたく)に走っている」と指摘する。「統計は本来、公務員が能力と業績に基づく資格任用によって専門性を発揮できる分野のはずだ。今は公務員の専門性は軽視され、統計やデータに基づいて政策が作られていない」。
政権主導の統計改革
安倍政権が打ち出した統計改革は単なるスローガンにとどまらず、「戦後初めて」(関係者)、18年度には統計分野の人員と予算が拡充された。しかし、正当な統計改善の取り組みであっても、今回の毎月勤労統計のように「都合のいい数字を作るため」という疑念がつきまといかねない。統計の中身と同時に、体制のあり方についても検討が必要だ。
例えば英国では、統計院は統計方針の策定、実際の統計作成、統計の品質検査という機能を併せ持ち、行政ではなく議会直属となっている。1980年代以降、コスト削減による精度低下で統計への不信感が高まり、制度の形態は試行錯誤の末に今に至る。
日本では、統計委員会のあり方が一つのカギになるだろう。現在の役割は“司令塔”として各省庁が実施する統計調査の設計を審議する役割にとどまるが、人事や予算の面で中立性を高めると同時に権限と体制を強化し、チェック機能を担うような形が考えられる。
(黒崎亜弓・編集部)