ささやかれる「中国危機」 経営者からも「習近平批判」=右田早希
「日本でもGDP(国内総生産)の偽装が、問題になっているんだな」
1週間に及んだ春節(旧正月)の連休が明けた2月11日、中国要人の職住地である北京市中心街の「中南海(チョンナンハイ)の「北院(ベイユア)(国務院中央庁舎)」の大会議室。李克強首相が主催した国務院(中央官庁)常務会議の場で、こんな雑談が交わされた。
「わが国が発表するGDPの統計なんか信じていない」──12年前にアメリカ代表団にこう言い放ったのは、李克強氏本人である。また今年1月21日には、寧吉喆(ニンジージャ)国家統計局長が「昨年のGDP成長率は6.6%だった」と胸を張ったが、その前(12)月17日に中国人民大学で開かれた「改革開放40周年記念式典」で、中国金融学会の重鎮・向松祚(シアンソンズオ)同大教授は、「実際には1.67%に過ぎなかった」と暴露した。
そんな経緯があったため、国務院常務会議で日本の国会論議が話題になったのである。
思えば、まもなく就任丸6年を迎える李首相は、一貫して「小さな政府」を説き続けてきた。社会主義特有の肥大化した政府機能を縮小し、多くを市場経済に委ねることによって、健全で持続的な経済成長が達成されるというのが、李首相の持論である。
ところが、この日の国務院常務会議では、持論を封印しなければならなくなった。主に中国経済の悪化によって、昨年、国務院の各部局で処理を迫られた「建議」は6319件、「提案」は3863件にも上った。「建議」「提案」を行ったのは、全国人民代表大会代表(国会議員)と、中国人民政治協商会議(諮問機関)委員である。
昨年末に開かれた中央経済工作会議の決定を受けて、この日、李克強首相は強調した。
「いまは大水を流すことが大事で、かつ大水が早く満ちあふれるようにすることだ」
「大水」とは、中央政府から拠出される資金のことで、すでにインフラ投資と減税で、2.5兆元(約41兆円)もの財政出動を決めている。
中国経済が悪化したのは、昨年7月6日に「開戦」した米中貿易戦争が原因だという見方があるが、それは少し違う。昨秋から北京・西城区の「金融街」で俎上(そじょう)に載っているのは、「雪上加霜(シュエシャンジアシュアン)」という成語だ。つまり元から中国経済は、「雨」を通り越して「雪」だったのであり、その上に米中貿易戦争という「霜」が加わったということだ。
金融街では、すでに中国発のリーマン・ショックを意味する「中国危機(チョングオウエイジ)(チャイナ・ショック)」という言葉もささやかれ始めている。例えばこんな調子だ。
「昨年は上海総合株価指数が24%も下落した。2000ポイントを割り込んだら(2月14日時点で2719ポイント)、中国危機に見舞われるだろう」「アメリカ発の金融危機から10年で、昨年は最悪の年だった。だが今後、中国危機が襲ってくることを思えば、これからの10年で最良の年なのかもしれない」
評判悪い第2首都構想
さらに、中国ではタブーとされる最高幹部批判まで口にする経営者もいる。「中国危機の津波が迫っているというのに、習近平主席はあまりに経済オンチで、李克強首相はあまりにひ弱だ」。
習近平主席が、中国経済のV字回復の起爆剤にしようとしているのは、「雄安(シオンアン)新区」の建設である。北京から100キロあまり南へ下った河北省雄安に、第2首都を建設。北京・天津・河北省を一体化させた開発を行うというのだ。1月24日には、中国共産党中央委員会と国務院が連名で、「河北雄安新区の全面的な改革深化と拡大開放に関する指導意見」と題した文書を発表。今後の最重要国家プロジェクトにする決意を示した。
だが、この雄安新区、すこぶる評判が悪い。ある国有企業幹部が語る。
「春節明けの晴れがましい時期だというのに、職場では誰もが『雄安送り』に戦々恐々としている。以前なら嫌なことがあると、「下海(シアハイ)(民間企業へ転職)」したものだが、いまや民間企業は最悪の状態なので、上海などへの転勤希望者が続出している」
1月16日、習近平主席は今年最初の視察地として雄安を訪問。「国家千年の大計にするのだ!」と檄(げき)を飛ばした。その際に最終決定したのが、北京にある国有企業、大手IT企業、名門大学、大病院を雄安に移転させることだった。
ところがこの「四つの移転計画」は、「逆に中国危機の呼び水になる」とも警戒されている。北京市民の間では、習主席が視察時に撮った「千年大計」の看板を指さす写真に、「千年後の大計」というキャプションをつけて、SNS(交流サイト)上で回覧している始末だ。雄安には筆者も行ったことがあるが、周囲は寒村で、「海のない都市」は大きく発展しない気がした。
力不足の日本
2月には米中閣僚級貿易協議が複数回開かれている。習近平主席は、自らの中学校の同級生で交渉責任者の劉鶴(リウフー)副首相、及び王岐山(ワンチーシャン)副主席と何度も鳩首会談を行い、「持久戦論」を決め込んでいる。これは1938年に毛沢東が抗日戦争で指示した退却・反撃・撃滅の3段階方式に倣い、まずは一時退却(アメリカへの妥協)をして耐え忍ぼうというものだ。 国務院関係者が語る。
「トランプ米大統領が固執する貿易問題に関しては、中米の貿易不均衡をゼロにするところまで妥協しても構わない。その後、『5G(第5世代無線通信システム)』を巡る技術覇権戦争で反撃をかける。具体的には、工業情報化部に手厚い臨時予算を出して、華為技術(ファーウェイ)などを全面的にバックアップしていく。5Gを巡って、おそらく世界の市場は中華圏とアメリカ圏に二分されることになるだろう」
大まかに言えば、先進国市場はアメリカが有利に進め、発展途上国市場は中国が有利に進めるという目算だ。国務院関係者が続ける。
「特に、巨大なインド市場を中国が押さえられるかがポイントだ。4月に北京で、2回目の『一帯一路』国際協力サミットフォーラムを開き、そこで各国に攻勢をかけていく」
米中の貿易戦争と「5G」技術覇権戦争に、日本企業も対岸の火事ではなくなってきた。例えば華為は昨年、日本企業から計6800億円もの部品を調達している。世界トップと2番目の経済大国がケンカすれば、3番目の経済大国の仲裁能力に期待がかかるが、日本は完全に力不足だ。せめて「先進国唯一の安定した長期政権」をアピールし、海外からの投資や観光を呼び込み、東京五輪までの景気維持に努めるべきだろう。
(右田早希・ジャーナリスト)