テクノロジー量子コンピューターが来た!

数百年かかる計算を一瞬で 夢の技術の開発・商用化続々=広木功

    IBMの量子コンピューター「IBM Q Sysyem One」
    IBMの量子コンピューター「IBM Q Sysyem One」

     今年1月、米ラスベガスで開催された電子機器の世界最大級の見本市「CES(セス)」で米IBMが「史上初の商用量子コンピューター」を発表した。量子計算を行う素子(量子ビット)数は20個に過ぎず、実験機の範囲を出ない代物ではあるものの、業界の先陣を切ってモデルを示した意義は大きい。同社は1964年に歴史的な汎用(はんよう)コンピューター「システム360」を発表して世界の市場を席巻した。量子コンピューターでも市場を牽引(けんいん)できるか、動向が注目される。

    量子コンピューターの方式別開発競争
    量子コンピューターの方式別開発競争

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    「量子ゲート型」の米国

     IBMが開発を進めるのはプログラムによってさまざまな問題を解ける汎用型の量子コンピューターだ。数種類のゲート(回路)を使うため「量子ゲート型」とも呼ばれる(図)。量子コンピューターの中でも一部の問題の計算に特化した「量子アニーリング型」はすでに商用化されているが、商用ベースでの量子ゲート型ではIBMが「史上初」であり、汎用性の高さを示して多様な潜在ニーズを掘り起こしていこうとする狙いが現れている。

     量子コンピューターの計算は、量子力学の「重ね合わせ」と「量子もつれ」という原理を利用する。この重ね合わせという原理は、「シュレーディンガーの猫」のパラドックスとして知られるように、目に見える世界では直感では理解しにくいが、量子のレベルでは誰かが観測するまで複数の状態が同時に存在することが起きる。

     量子コンピューターは、この重ね合わせの効果を使って、現在のコンピューターでは数百年かかる問題をわずか数秒で解いてしまうと言われている。量子計算の理論は35年以上前に提唱されていたが何に使えるのか具体性に乏しく、長らく注目されていなかった。それが実際のビジネスにも役立つことがわかった今、世界中で実用化に向けた開発競争が繰り広げられている。

     先頭を走る米国ではエネルギー省や国立科学財団などが毎年二百数十億円の投資を行ってきたほか、国防総省も独自のプロジェクトを進めている。それらの成果を企業が活用して、さらに進化を続ける総合力が米国の強みだ。老舗のIBM、インテルに加えてグーグルやマイクロソフトといったソフト大手も5、6年前から開発投資を拡大している。米国勢が開発に力を入れるのは、汎用性の高い量子ゲート型だ。この量子ゲート型では、中国のアリババグループも開発を進めている。

     ただ現状では、量子ゲート型の本格的な商用化時期は定かになっていない。実際に計算をするためには課題が山積しているからだ。正しい解を得るために必要な「重ね合わせ」が続く時間(コヒーレンス時間)を今よりケタ違いに長くするだけでなく、専用のソフトウエアや計算エラー訂正手法の開発などで、多くのブレークスルー(革新的な解決策)が必須となっている。

    日本発の「アニーリング型」

     一方、日本は研究開発体制こそ米国勢にとても及ばないものの、量子計算の仕組みを既存のコンピューターに取り入れた新型コンピューターの商用化で先端を行き、独自性では世界のトップレベルにある。富士通や日立製作所の新型コンピューターは、数年のうちに新薬や新材料の開発、物流合理化などに活躍すると期待されている。

     現時点で唯一、商用化されている量子コンピューターは、磁石など磁性体の性質を表す統計力学上の「イジングモデル」の特性を生かし、「アニーリング」と呼ばれる手法で最適な組み合わせを探索するタイプだ。東京工業大学の西森秀稔教授が98年に発表した「量子アニーリング理論」から発展したもので、いわば日本発の量子コンピューターである。

     西森教授は「スピングラス」という磁性体の研究過程でアニーリング理論にたどり着いた。しかし、その理論を基に量子コンピューターを最初に事業化したのはカナダの「Dウェーブ・システムズ」だった。アニーリング型量子コンピューターは、エネルギーが最も小さく安定した場所を探り当て、そこを最適解とする。ほぼ「組み合わせ最適化問題」に特化したコンピューターと言える。

     組み合わせ最適化問題の一例である「巡回セールスマン問題」では、量子ビット同士の結合の強さを移動距離とすると、結合度合いが最も安定したところが最短の移動距離、つまり最適解と考えられる。この問題の解き方は、山が連なる広大な土地で一番近くの水飲み場を探す場合にも当てはまる。既存のコンピューターでは目の前にある山の形状を一つ一つ計算し、裏側の地形も細かに調べ上げていかねばならない。対してアニーリング型のマシンは「トンネル効果」という量子的な振る舞いを利用し、立ちふさがる山を突き抜けてエネルギーが最も小さい場所、つまりたどり着きやすい最も低地にある水たまりをすばやく探し出せる。

    米グーグルが2018年3月に発表した72量子ビットを集積したチップ (グーグル提供)
    米グーグルが2018年3月に発表した72量子ビットを集積したチップ (グーグル提供)

    富士通、日立、NTTも

     アニーリング型マシンは量子ゲート型に比べてはるかに安価で使いやすいが、計算の規模や速度を左右する量子ビット数を増やしにくいことや、コヒーレンス時間の短さなど課題も多い。そこで、日本の電機・IT大手は、既存のコンピューターに使われているシリコンチップにアニーリング型マシンの特徴だけを取り込んだ新型コンピューターの開発を進めている。

     先頭を走る富士通は、この新型コンピューターで今後5年間に1000億円の売り上げを目指している。海外のソフト企業とも協業して物流管理や創薬、がんの放射線治療などの市場を狙う。日立製作所も交通渋滞対策などの社会問題を解決しようと新型コンピューターを開発中だ。同社は19年2月19日、モノのインターネット(IoT)需要を念頭に置いた名刺サイズのアニーリング型マシンを発表、用途別に品ぞろえを拡充している。

     ユニークなのは、NTTが国立情報学研究所や大阪大学などと共同開発した「量子ニューラルネットワーク」(QNN)だ。特殊なレーザーを使って量子ビットとなる光パルスを2000個発生させ、光ファイバーを通しながら特定の位相だけを増幅していく。巡回セールスマン問題を解く場合、光パルスを訪問先とみなし、選択的な増幅を繰り返すことで最適解を求める。常温動作や規模拡張が容易といった利点がある。

     多くの可能性を秘める量子コンピューターだが、本格的な商業利用は10年以上先になるとみられる。特にゲート型はいくつもの高いハードルを越えねばならない。また、どんな難題も短時間に解けるイメージが強いが、イジングマシンは最適化問題専用機である。ゲート型も実際には素因数分解と大規模シミュレーションに用途が絞られる見通しだ。このため、既存コンピューターと使い分けるハイブリッド利用が主流になるとみられる。

     ハードウエアの開発だけでなく、ハードを使いこなすためのソフトウエアの技術開発も求められている。西森教授は、「(日本企業が)世界で勝負するには、ソフトウエアに力点を置くべきだ」と指摘している。

    (広木功・化学工業日報編集委員)

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