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テクノロジー 量子コンピューターが来た!

科学記者が答える量子Q&A=阿部周一

(阿部周一・毎日新聞科学環境部編集委員)

 Q1 量子とは?

 A 原子や、それより小さな電子、陽子、中性子、光(光子)などは、「粒子」の性質と「波」の性質を併せ持つ。ナノメートル(ナノは10億分の1)よりさらに小さいこれらの総称が「量子」だ。量子は超ミクロの世界の物理法則である「量子力学」に従い、私たちが身の回りの物理現象を通じて見知っている「古典力学」(ニュートン力学)とは違った不思議なふるまいをする。

量子コンピューターのイメージ 
量子コンピューターのイメージ 

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 不思議なふるまいの代表が「量子の重ね合わせ」という現象だ。例えば、箱にリンゴを1個入れて、仕切りで左右に区切ると、リンゴは左右のどちらか一方にだけ存在し、もう片方には当然入っていない(図)。ところが、リンゴの代わりに量子を1個入れると、量子は箱の左右両方に同時に存在する状態となる。ただし、重ね合わせは何らかの方法で「観測」した瞬間に壊れる。その瞬間、量子の状態は一つに決まり、左右どちらかの箱にしか存在しなくなる。

 もう一つの不思議なふるまいが「量子もつれ(エンタングルメント)」だ。離れたところにある複数の粒子が互いに影響しあう関係にある状態で、もつれあった二つの量子の間では、どちらかの状態が決まれば、同時にもう片方の量子の状態も決まる現象を言う。

 Q2 量子コンピューターとは?

 A 量子を情報の基本単位として、量子力学の原理を利用して計算を行う装置が「量子コンピューター」だ。現在のコンピューターの計算能力をはるかにしのぐ次世代コンピューターとして期待されている。

 理論的な原型は1980年代に提唱されたが、2014年、米カリフォルニア大サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授の研究成果をきっかけに、長く夢物語同然だった量子コンピューターの実現がにわかに現実味を帯びた。米グーグルや米IBM、米マイクロソフトなどの巨大テクノロジー企業が開発を牽引(けんいん)する中、各国政府も巨額予算を投じ、国際的な開発競争が激化している。

 Q3 どんな原理で動く?

 A 私たちが普段使うパソコンやスマートフォン、大学や研究機関で稼働するスーパーコンピューター(スパコン)は、いずれも古典力学の原理を用いて計算しているため、「古典コンピューター」と呼ばれる。古典コンピューターは、情報の基本単位に「ビット」を用いる。1ビットは常に「0」か「1」のどちらかを表す。例えば、2ビットは「00」「01」「10」「11」の4通り、3ビットなら「000」「001」「010」「011」「100」「101」「110」「111」の8通りのどれか一つを表現する。古典コンピューターは電気信号のオン・オフを切り替えてビットを操作し、あらゆる情報を2進法に落とし込んで処理、計算する。ただし、その中から正解を取り出す場合、2ビットなら総当たりで4回、3ビットなら8回の処理をこなす必要がある。

 これに対し、量子コンピューターは量子を基本素子に用いる。この素子は「量子ビット」、あるいは「Qビット」(QはQuantum〈量子〉の頭文字)と呼ばれる。量子ビットは、重ね合わせの性質から「0」と「1」の両方の状態を同時に取ることができる。例えば、2量子ビットの量子コンピューターは「00」「01」「10」「11」の4通りの情報を、別々にではなく、並列して扱うことができる。情報量は、量子ビットの数がn個なら2のn乗通りに増える。つまり、50量子ビットなら2の50乗、約1125兆通りもの天文学的な数の並列計算を一度に試すことができる。

 Q4 どんな役に立つの?

 A 古典コンピューターは過去半世紀以上、半導体の集積密度が1~2年で倍増するという「ムーアの法則」に沿って性能を向上させてきた。だが、進化を支えていた集積回路の微細化がいずれ頭打ちになることは確実で、法則の限界がささやかれている。人工知能(AI)時代の到来で、今まで以上に大規模、高速計算が必要とされる中、その旗手として量子コンピューターに期待が集まる。

 ただし、量子コンピューターが無数の並列計算を一度に試せると言っても、計算結果の中には、無数の誤った答えが含まれる。そこから正しい答えを引き出して初めて「量子コンピューターで問題を解いた」ことになる。そのためには「干渉」という量子現象を利用して目的の答えを際立たせる計算手順(アルゴリズム)が必要なのだが、現時点で、見つかっているアルゴリズムは限られている。それでも実用化されるとインパクトは計り知れない。その代表例が「組み合わせ最適化」と「素因数分解」だ。

 Q5 量子コンピューターができるとパスワードが無効になる?

 A 量子コンピューターが実現すると、整数を構成する素数を求める「素因数分解」の計算速度が飛躍的に向上すると見られている。素因数分解は古典コンピューターが苦手とする分野で、掛け合わせる素数が増えると、最新鋭のスパコンでも計算を終えるまでに天文学的な時間が必要になる。そのため、インターネット上の個人情報保護など多くのコンピューターセキュリティーの暗号は素因数分解の原理を利用している。ところが、量子コンピューターで膨大な並列計算ができれば、現実的な時間内で暗号を解くことができる。既存の暗号システムを無力化してしまうと考えられ、新たな暗号開発が研究されている。

 Q6 量子コンピューターにはいくつか種類があるの?

 A 現状、大きく分けて「ゲート型」と「アニーリング型」の2種類がある。

 ゲート型は、古典コンピューターと同様、入力された信号を処理して出力するゲート回路を設けて、量子ビットを操作する方式だ。プログラム次第でさまざまな計算をさせることができ、汎用(はんよう)性がある。また、ゲート型の中でも量子ビットに何を使うかで複数のアプローチがある。

 グーグルやIBMが採用しているのは「超伝導方式」で、シリコンチップを絶対零度(氷点下273度)近くまで冷やして超伝導状態にし、マイクロ波パルスを発生させて量子ビットにしている。米国のベンチャー企業のIonQ(イオンキュー)は電気を帯びたイッテルビウム原子を量子ビットに用いる「イオントラップ方式」を採用している。

 一方のアニーリング型は、「イジングモデル」という結晶中の原子のスピン(自転)の向きを計算するモデルを実際の計算に応用する量子コンピューターで、98年に東京工業大学の西森秀稔教授らが考案し、カナダのDウェーブ・システムズが11年に世界で初めて商用化した。相互作用しあう複数の量子ビットのエネルギーが最も安定する状態を探し当てる手法で、組み合わせ最適化問題に特化したコンピューターだ。常温で稼働できるのも利点に挙げられる。

 汎用性の高い量子ゲート型が既存のコンピューターに取って代わり、幅広い用途に使えるようになるには、計算を担う量子ビットの他に、誤答を訂正するための量子ビットもつなぎ合わせる必要があり、その数は数十万個とも1億個とも言われる。現状では50~100量子ビットの集積が関の山で、「実現には少なくとも20年はかかる」というのが大方の専門家の見方だ。

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