教養・歴史書評

日常から薄皮一枚のホラー 数々の違和感を堪能する=美村里江

    『ひとんち』
    『ひとんち』

    ×月×日

     映画でも本でも、ホラーが大好きである。心霊系も生きる人間の怖さ系も問わないが、米国的どたばたモンスター系はやや物足りず、日本のじめっとした湿度ある怖さが特に好みだ。

    『ひとんち』(澤村伊智著、光文社、1600円)。さらりと読みやすいのにひやりと怖く、後味の悪さが程よいので全編一気読みしてしまった。同じ著者の『ぼぎわんが、来る』でも感じたが、違和感のバリエーションが素晴らしい(“ぼぎわん”というパワーワードが誕生したのに、映画化に際し『来る』と改変したのは惜しかったと個人的感想)。

     映像でもそうだが、しっかり味わえる親切なホラーには「さあ怖い展開が来るぞ」という合図がある。

    「ここに来るまで一度も、他の客に会わなかった」「誰かに見られている」。こうしたなんてことのない言葉に誘われ、期待が高まっていく。それまでの日常と隔たり、薄皮一枚先の異質の世界は、現実から遠くないぶん、逃れることが難しい。

     視点が変わることで、がらりと意味が変わる怖さも作者の持ち味だ。表題作「ひとんち」では、我が家の常識が他所(よそ)の非常識ということを、ホラーの域まで高めている。

     個人的には「肌荒れ・地震・心の闇」という、普通は混ぜない三種混合の一作「宮本くんの手」に震えた。原因不明の肌荒れは、命にかかわらずとも精神を確実に消耗させる。身近で効果的な恐怖の表現だった。

    ×月×日

    『ドラマへの遺言』(倉本聰、碓井広義著、新潮新書、820円)。なんともドッキリするタイトル。ドラマ出演している身からすると、これは読まねばとすぐにレジへ運んだ。

     倉本作品の逸話については、撮影現場で耳に入ることがある。しかし、本人とその愛弟子による述懐はさすがに知られざる話が山盛りだ。

     有名な話では、大河ドラマの脚本を降りた件。その前後の細かな出来事が興味深かった。

     自分が重要と考えているキャストが、局側から「連絡がつかないので無理」と却下された。「ならば自分が口説いてくる」と請けあい、人のつてを使い、情報を使い、自ら足を運び、文字通り土下座して口説き落としたそうだ。その後生じた主演の交代劇でも、同じように動いた。

    「プロデューサーは管理職で、現場はみんな組合員なんですよね。組合員と外部の倉本聰、どっちを大事にするんだって、プロデューサーが詰め寄られちゃった」ということで、脚本家がキャスティングのために奔走したことが「出過ぎだ」と反発され、降りることになったという。  実際のことはわからないが、作品を面白くするために行動した人が報われないのは、少し悲しい。

     倉本氏は、チャップリンの「人生はクローズアップで見ると悲劇だけど、ロングで見ると喜劇だ」という言葉を座右の銘とし、それが一番高級なドラマではないかという。

     本書を読んでいると、確かに引いてみれば人生は楽しいものと思える。

    (美村里江、女優・エッセイスト)


     ■人物略歴

    みむら・りえ

     1984年埼玉県生まれ。2003年にドラマ「ビギナー」で主演デビュー。出演する映画『パラレルワールド・ラブストーリー』が5月31日より公開中。


     この欄は、荻上チキ、高部知子、孫崎享、美村里江、ブレイディみかこ、楊逸の各氏が交代で執筆します。

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