週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

「私は前向きでも強くもない。自分に暗示をかけようと、言葉で鼓舞しているだけ」 猪狩ともか・仮面女子メンバー/747

    「趣味は入院時の外出時に始めた寺社巡り。御朱印帳も持っていきます」撮影=中村琢磨
    「趣味は入院時の外出時に始めた寺社巡り。御朱印帳も持っていきます」撮影=中村琢磨

     芸能活動が波に乗っているさなかの昨年4月、看板の下敷きになり両下肢まひとなったアイドルが、車椅子で新たな表現の形を模索している。

    (聞き手=種市房子・編集部)

    ── 令和初日の5月1日、千葉県浦安市で行われたアイドルグループ「仮面女子」のワンマンライブ(単独公演)に車椅子で出演しました。

    猪狩 昨年8月下旬に復帰した後、基本的には、所定の立ち位置に車椅子を固定したままで上半身でダンスをしたり、メンバーに車椅子を動かしてもらってフォーメーションを変えていました。しかし、今回は、自分の力で車椅子を移動させたり、回転して、ダンスに参加しました。ダンスの先生が私の出番・見せ場を作ってくれて、1カ月ほど練習してきました。この日初めて披露した車椅子は、世界に一つだけしかない最強の武器です。

    ── 車椅子にどんな特徴があるのですか。

    猪狩 元陸上選手で、タレントの武井壮さんが贈ってくれた車椅子バスケットボール競技用のものを改良しました。他のメンバーとの身長差を解消するため、座面を高くして、LEDの電飾をつけました。機能面では、ターンをしやすくなるように車輪を「ハ」の字にして、さらにメンバーの邪魔にならないように幅を狭くしました。競技用の車椅子はブレーキなしのものが多いのですが、立ち位置にとどまってダンスができるようブレーキもつけました。

    ── 手応えは。

    猪狩 車椅子でのパフォーマンスに自信が持てました。ただ、私が出演したのはコンサートの演目全26曲中7曲でした。初めての車椅子で操作に不慣れだったことや、フォーメーション移動を自分でやらなければならず、体力面からこの曲数に制限せざるを得なかったのです。欲を言えばもう少し出演したかったです。それでも、ステージにいる瞬間は最高でした。

     仮面女子は時には仮面をかぶり、時には素顔を見せて歌い踊るアイドルグループだ。現在のメンバーは27人。猪狩さんは2017年2月に加入。ライブだけではなく、ファッションショーやテレビにも活動の幅を広げていた中、18年4月11日、事故に遭遇する。都内で歩道を歩いていたところ、突風で倒れた看板の下敷きになったのだ。まぶた裂傷、頭部挫創、脚、肋骨(ろっこつ)、胸椎(きょうつい)、腰椎の骨折に加えて、脊髄(せきずい)損傷を負い両下肢まひとなった。

    ── 事故後はどんな心境だったのですか。

    猪狩 手術直後、脊髄損傷について知識を持ち合わせていなかった私は、漠然と「いつごろ治るのかな」とステージ復帰のことを考えていました。しかし、手術後、医師や家族と会話を重ねるうちに、今後、脚は動かせないという現実に直面しました。

    ── アイドル活動続行についての逡巡(しゅんじゅん)は。

    猪狩 「踊れない猪狩ともかはアイドルと言えるのか」という戸惑いがあったのは事実です。しかし、事務所が「これからも活動を支える」と言ってくれ、メンバーも「帰ってくるのを待っているよ」と声を掛けてくれました。周囲の声のおかげで「車椅子でアイドル活動する猪狩ともか」を思い浮かべることができたのです。

    ── アイドルはいつから目指していたのですか。

    猪狩 22歳からです。周囲には10代から目指している人が多い中では、遅めです。事務所に入っても、仮面女子の候補生として3年間を過ごしました。仮面女子のメンバーになるための苦節3年の中、「諦めない」という考え方ができたことも、事故後の自分に影響していると思います。

    ── 事故後、5カ月間入院しました。

    猪狩 長いような短いような5カ月間でした。手術直後、ベッドから介助してもらい車椅子に移ると、長い間横になっていたことからか貧血のような症状になり、数分間も座っていられませんでした。しかし、リハビリを経て、長時間座れるようになり、6月にはベッドから車椅子へ一人で移れるようになり、外出もできるようになりました。新しいことを覚える子どものような感覚で毎日を過ごしました。

    今年5月のワンマンライブでは車椅子でのパフォーマンスで見せ場を作った(アリスプロジェクト提供)
    今年5月のワンマンライブでは車椅子でのパフォーマンスで見せ場を作った(アリスプロジェクト提供)

    ── そして8月末には、外出の形で劇場ライブへの復帰も果たします。

    猪狩 ステージに出た時の気持ちは忘れません。ステージに出ると、サイリウムと私の好きなヒマワリの花をファンの方が振っているのが目に入りました。「この景色を見るために頑張ってきたんだ」と事故後からその日までのこと、すべてが頭の中を駆け巡りました。

    ── 今年5月26日には、プロ野球・埼玉西武ライオンズの始球式に出ましたね。

    猪狩 埼玉県出身でライオンズファンという縁で、事故前の17年9月にもメットライフドームで始球式をしました。事故後、球団から再び始球式の機会をいただき、18年9月に車椅子で始球式に臨みました。ノーバウンドでキャッチャーミットに投げ込むことが目標でしたが、結果はツーバウンド。下半身を踏ん張れないと球が遠くまで投げられないことを実感しました。その時、「もっと練習しないといけない」と感じました。

     今回は3回目。結果はツーバウンドでしたが、昨年に比べれば限りなくワンバウンドに近いツーバウンドでした。見ていた方からも「今までで一番球威があった」と言ってもらえたので、力は確実についてきていると実感しました。

     常に目標を設定して挑む姿勢が、多くの人の心を動かす猪狩さん。「私は前向きでも強くもない。自分に暗示をかけようと、前向きな言葉を発して鼓舞しているだけ」という。事故から1年の今年4月11日のブログでは「どうしようもないいらだちを家族にぶつけてしまうこともあります」「“乗り越えた”なんてことはなくて、今までもこれかれらも常に向き合っていくものなのです」と心情を吐露。それでも「脚が動かなくなっても生きているから何だってできる!!」とつづった。

    ── 復帰後はライブに加えて、バリアフリーやパラスポーツのテレビ出演、啓蒙活動など活動の幅を広げています。現在の生活・活動は。

    猪狩 週に1~2回、1時間半ほど通院してリハビリは続けています。ライブは東京・秋葉原の常設劇場で月1~2回出ています。芸能活動としては、講演会やイベント、インタビューなどありますが、今年4月から1年間の予定で、NHK・Eテレの「ハートネットTVパラマニア」にレギュラー出演しています。パラスポーツの素晴らしさを伝える番組です。今年初めの目標の一つが、テレビ・ラジオでレギュラー枠を取ることでした。その目標がかないました。

    ── 今年初めには他にどんな目標を。

    猪狩 劇場公演で朝から夜までフルで出演できるぐらい体力をつけること、付き添いなしで電車などで一人で行動できること、などです。5月中旬には、事故後初めて一人で電車に乗れるようになりました。1回の乗り換えを含む片道5駅で、1年前の私からすると大進歩です。

    ── 街中で不便さを感じる場面もあるのでは。

    猪狩 私は事務所の福祉車両で移動しています。スーパーマーケットや公共施設の障害者用駐車場は本当に貴重な場所です。私が乗降する際は、車椅子を車の横に置かなければならず、車の横に一定程度のスペースが必要です。障害者用駐車場は車の横に十分なスペースがありますが、一般の駐車スペースの横の車間では車椅子を置けません。だから、もし障害者用駐車場に車が止まっていれば、待つしかないんですよね。

    ── 一般的には、「障害者用駐車場は建物までの距離が短い」という利点がクローズアップされていて、横の車間スペースに余裕があるという視点は知られていませんね。

    猪狩 私も事故に遭うまではそういう視点を持ちませんでした。他にも、私の座位では街中で歩いている人のカバンが頭に当たりそうで怖いんです。また、一人で重いドアを押さえながら、出入りするのも難しいですね。

    ── 脊髄損傷は、体にも異変が出ますね。

    猪狩 脊髄損傷は「歩けない」というだけではありません。脚の感覚がないので痛みを感じず、いつの間にかあざや傷ができることがあります。また、寝返りを無意識に打てないので、体の一定部分がずっと布団に接してしまい、褥瘡(じょくそう)(床ずれ)ができる恐れがあります。本来、タイマーで一定時間おきに起きて意識的に寝返りを打たなければいけないんですが、眠くてつらいです。

     また、ベッドや自動車から車椅子に移る時は、まず上半身を移動させて、脚を自分の手で持って移します。この時、脚に力が入らないので、ずっしりと重みを感じます。事故前は脚の重みなんて感じたことがなかったのに。ただ、こうしたことをブログなどで発信すると「猪狩ちゃんのおかげで、車椅子の人のことが少し分かった」という反応が来ます。少しでも、脊髄損傷の理解に役立てればと思います。

    車椅子テニスにもチャレンジした(アリスプロジェクト提供)
    車椅子テニスにもチャレンジした(アリスプロジェクト提供)

    ── 事故後、パラスポーツにも関わるようになりました。プレーと普及活動どちらをやるのですか。

    猪狩 両方しますが、重点はパラスポーツの楽しさを普及させる活動です。

    ── どのような競技を経験しましたか。

    猪狩 今まで体験したのは、テニス、ボッチャ、射撃、陸上、フェンシング、カーリング。近々水泳にも挑戦します。パラスポーツには独自のルールがあります。例えば、車椅子バスケでは、障害の程度に応じて得点が入る仕組みです。障害の種類や程度が異なっても同じチームで戦えるような仕組みが斬新でした。

    ── パラスポーツを経験する中で、パラリンピアン(パラスポーツの選手)とも接してきました。

    猪狩 選手の皆さんは、障害をマイナスととらえておらず、体の残された機能を最大限に鍛えて、技を競うひたむきさを持っています。こんなパラスポーツの素晴らしさを障害者以外の方にもぜひ知ってほしいという思いで普及活動に携わっています。

    ── 20年には東京でパラリンピックも開催されます。

    猪狩 パラリンピックは、以前の私のようにパラスポーツに興味がない人が関心を持つきっかけになると思います。しかし、パラリンピックはあくまでもスタート。長期的にパラスポーツの素晴らしさを広める活動に積極的にかかわりたいですね。

    ── 今後のアイドル活動は。

    猪狩 大きな目標は12月に東京・六本木で開催する仮面女子のワンマンライブです。ワンマンライブのためには、体力をつけて、劇場でのライブに出続けていかなければなりません。今は数曲歌って踊り体力を消耗すると、気持ち悪くなったり、目の前が暗くなります。どこに限界があるのかも、その日によってばらつきがあります。自分の体のことが分からないことがたくさんあります。でもこの体と付き合っていくしかありません。車椅子で私にしかできない表現をしていきます。


     ●プロフィール●

    いがり・ともか

     1991年生まれ。2014年5月にデビューし、17年からアイドルグループ「仮面女子」の一員として活動する。18年4月11日に東京都内で看板の下敷きになる事故に遭い、脊髄(せきずい)を損傷。両下肢がまひし、車椅子生活になった。同8月に芸能活動に復帰し、パラスポーツのイベントやテレビ番組にも出演している。埼玉県出身、27歳。

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