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「ひきこもり」115万人にどう向き合うか

川崎市登戸の児童殺傷現場で献花する人々
川崎市登戸の児童殺傷現場で献花する人々

 川崎市や東京・練馬で、中高年の「ひきこもり」に絡む事件が相次いだ。日本社会はこの課題にどう対処すべきなのか。識者に緊急コメントを取った。

(編集部)

稲葉剛・立教大学大学院特任准教授
稲葉剛・立教大学大学院特任准教授

「ひきこもり=犯罪」の連想に懸念 稲葉剛(社会活動家、立教大学大学院特任准教授)

 5月28日に川崎市登戸で児童ら20人が51歳の男性に殺傷された事件は、日本社会に大きな衝撃を与えた。本来、こうした事件に関する報道は特定の人たちへの差別や偏見を助長しないよう、慎重に行われるべきである。だが、事件の衝撃の大きさに加え、容疑者の自死により動機の解明が困難になったという事情も重なり、犯人がひきこもり状態にあったことや「8050問題(80代の親が50代の子どもの生活を支える)」との関連がクローズアップされる結果となった。

 中高年のひきこもりの増加や「8050問題」は確かに大きな社会問題であるが、ひきこもり問題の専門家は、ひきこもりが家庭内暴力以外の犯罪につながる事例はほとんどないと指摘している。私は登戸の事件との関連でこれらの問題が語られることに懸念を抱いていた。

 6月1日には東京・練馬区で70代の元農林水産省官僚がひきこもり状態にあった40代の長男を殺害するという事件が発生した。容疑者は動機として「長男も児童らに危害を加えるのではないかと心配した」と供述しているという。テレビ等で登戸の事件が安易にひきこもり問題に関連づけて語られたことや「一人で死ね」という声があふれたことが、練馬の事件を誘発した可能性は否定できない。また、家庭内の問題は家族で解決すべきとする日本社会に根強い社会規範が父親を追い詰めた面もあるだろう。

 厚生労働省は2009年度より「ひきこもり地域支援センター」の設置を推進しているが、質量ともに不十分である。民間レベルでの支援は広がっているが、自立支援をうたう一部の宿泊施設では職員による暴力や監禁、高額の利用料徴収等のトラブルが頻発している。この問題に関する社会の関心の高まりが、本人の意思を無視した「支援という名の暴力」を後押しすることのないよう注意を促したい。

宮本太郎・中央大学法学部教授
宮本太郎・中央大学法学部教授

「やり直し」困難 家族責任論の日本 宮本太郎(中央大学法学部教授)

 いかなる困難も生きにくさも他人の生命を奪う凶行を正当化することにはならない。だがこのこととは別に、ひきこもりという問題の社会的背景を完全に否定することもできないであろう。日本の現役世代のひきこもりは、内閣府の推計を足し合わすと115万人を超えることになる。韓国に一部共通する傾向が見られるものの、英語圏では「hikikomori」として日本的現象としてとらえられている。日本の雇用と社会保障のこれまでの形に一つの要因があることは確かだと思う。

 これまでの形としてまず問題になるのが、年齢輪切り型でやり直しのできない就学・就労の制度だ。新卒一括採用の同期集団のなかで、どれだけ全人格的に貢献できるかが競われるため、いったん離脱すればそこまで、となってしまう。就職時が不況期でうまくスタートが切れなければ、「人生再設計第一世代」などと決めつけられる。「再チャレンジ」が唱えられて久しいが、相変わらずやり直しは困難だ。

 もう一つは、自己責任論と表裏一体の家族責任論だ。ドイツやフランスも家族主義的だが、だからこそ家族を支援する給付が多い。これに対して日本では、80歳の親の年金に50歳の息子が依存する「8050問題」のように、家族が自己完結的に問題を抱え込む。公的な支援や扶助を受けることは、家族が破綻している証しと周囲から見られるために、そうせざるをえないのだ。結果的に、当事者自身が自分の苦しみの要因を家族に帰し、ストレスを家族にぶつけることが多くなり、相互の緊張が増し、ほんとうに家族が壊されていく。

 ひきこもりに対しては、働ける条件がない人、家族を頼れない人だけに対処してきた旧来の縦割りの制度は機能しない。であるからこそ、自治体などで、人々を社会とつなぎ直す包括的な支援が模索されていることには注目したい。

湯浅誠・東京大学特任教授
湯浅誠・東京大学特任教授

事件ではなく「日常」に目を 湯浅誠(社会活動家、東京大学特任教授)

 やりきれない事件だった。多数の子どもやその親を殺害して、自殺した容疑者に対して「一人で死んでくれ」とは、まさにそうだ。なぜ罪のない人々を巻き添えにするのか。

 他方で「それ(自分の長男も同じように他人に危害を加えること)が頭をよぎった」といって、事件を起こしていないのに予防的?に殺された命。個人や家庭の歪みや病みが立て続けに表れたようで、やりきれない。

 事件をきっかけに、ひきこもりを犯罪予備軍のように一般化するのは論外だが、その人さえいなくなればもう二度と起こらないと安心できるという人もいないだろう。個人の歪みや病みは、見たくはないが、それは結局、社会に遠因がある。

 80代の年金暮らしの親と50代無職や不安定雇用の子の同居世帯を指す「8050」「7040」と言う言葉が介護・福祉分野で言われるようになって、実は久しい。

 子どもたちはフリーター第一世代、就職氷河期世代である。10年近く前には、親の死亡を届け出ずに年金をもらい続ける事件が話題にもなった。そして、是枝裕和監督の「万引き家族」のカンヌ国際映画祭グランプリ受賞という“事件”……。本当の悲しさは「事件」が起こらないと目を向けられない社会の無関心にもある。個人の病みと社会のそれは合わせ鏡のようなものだ。

 新しい問題ではないから対策や提言はもう出そろっている。やるべきことはわかっているはずだ。私も10年以上提言し続けている。だが、世論の盛り上がりはない。票にならない。予算がつかない。「人生再設計第一世代」対策がせめてもの追い風になればと思うが、昨日今日思いついたような対策だと追い風が迷走を招くこともある。

 事件の前、元農水事務次官にとってはゲーム漬けの子どもとの日常があった。川崎事件の容疑者にも半世紀の人生があった。誰もがあのような事件は、二度と起きてほしくないと思うだろう。そのために、事件ではなく「日常」に目を向けたい。その暮らし、その困り感、その展望。事件を繰り返さないために日常に関心を寄せる──そこに改善・解決のヒントと、同時に本当の難しさがある。

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