新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

週刊エコノミスト Online エコノミストオンライン

ジャカルタ水没危機で首都移転 アジア各都市で地盤沈下が加速=吉村和就

ジャカルタでは洪水が多発している(Bloomberg)
ジャカルタでは洪水が多発している(Bloomberg)

 インドネシア政府が今年4月、首都をジャカルタからジャワ島以外に移転する計画を明らかにした。移転理由は世界最悪と言われる交通渋滞だけではない。地下水の過剰くみ上げで地盤沈下が加速し、2025年までに市内の一部は5メートル沈下し、地球温暖化による海面上昇と異常潮位の高まりで首都水没の危機を迎えている。

 19年4月末の豪雨によりジャカルタ市内は交通がすべてマヒし、大きな経済損失を被っている。地下水の過剰くみ上げと海面上昇により、50年までにジャカルタ北部の95%は海に沈むという試算も出ている。

 首都ジャカルタは急激な経済発展と人口の流入(首都圏人口約3200万人、18年推計)により、上下水道インフラが追い付かず、また水道料金の支払いを逃れるために、違法な地下水くみ上げが横行しジャカルタ市民の約60%が地下水利用で暮らしている。地下水位の異常な低下により、すでに市内の大きな建物に構造的なゆがみが発生し、クラックが入り、建物は傾き、低層階は道路よりも低くなる現象が表れている。現在でもジャカルタ市街地の半分は、海抜ゼロメートル地帯になっている。さらに過剰くみ上げにより地盤の不等沈下が引き起こされ、大規模な「くぼ地が発生」、雨が降っても海に流れない状態である。

 このような状態で高潮が来れば、首都は瞬時に水没する。07年の季節風がもたらした豪雨により、首都の半分は水没、その被害額は5億ドル(約550億円)を超えた。バンドン工科大学の調査では「北ジャカルタでは、この10年間で2・5メートル地盤沈下」と報告している。

 また15年に国連と世界銀行が行った気候変動政府間パネル(IPCC)の発表では、ジャカルタの大半が海面下に没するのは25年と予想、海水が現在の海岸線から内陸部へ約3キロ流入し、商業地区の大半がマヒし、数百万人が避難する事態になると警告している。

 地下水の過剰くみ上げによる地盤沈下は、アジアの主要都市に共通する問題だ。特に、上海、バンコク、マニラ、ホーチミンといった巨大都市や首都で加速度的に進行しており、このままでは都市機能の維持が困難になる。

首都が軒並み沈下

 上海では、1990年代に建設された2000棟以上の高層ビル、100棟以上の超高層ビル(高さ100メートル以上)の“足元”が極めて危険な状態にある。12年、中国で最も高い「上海中心大厦」(632メートル)の周辺道路に大きな亀裂が発生し、市民から不安視する声がネット上で拡散した。

 もともと上海は海に近く、地盤は堆積層で支えられている。1921~65年に1・7メートル地盤が沈下。これを防ぐために同市は66年から地下水のくみ上げを制限、それでも違法な地下水のくみ上げが横行、公式発表で2005年は8・4ミリ、07年は7ミリと地盤沈下は続いている。

 上海市の第12次5カ年計画でも地盤沈下防止計画(年平均地盤沈下を6ミリ以下に抑える)が、たとえ達成されたとしても、将来への不安感は解消されない。

 タイの首都バンコク都市圏では、80年以降の経済発展に伴う過剰な地下水くみ上げで地盤沈下の問題が顕在化し、構造物の不等沈下や洪水被害が頻発している。過去50年間でバンコク南部の海岸線が内陸に移動し、市内の地表面の標高は、平均海面と同レベルになっている。世界銀行の発表によると首都バンコクは2030年ごろには都市全体の40%が浸水被害を受けると指摘。近い将来再び大規模な洪水が起こる可能性が指摘されている。

 バンコクは以前から気候変動による洪水対策を進めているが、開発の遅れや計画のズレで、今後10年ほどで部分的に浸水する可能性があると言われている。同国政府は国際的には珍しい「地下水税」や「地下水保存税」などの課税制度を導入しているが、違法な井戸が多く、同市内では年間1~2センチの地盤沈下が進行しており、幹線道路の陥没や住宅が壊れるなど被害が顕在化している。

 フィリピンの首都マニラで深刻化している都市型洪水も、地盤沈下が主因だ。とりわけマニラ北東部のカマナバ地区では洪水範囲が急拡大している。被害の大きい地域の地盤がほとんど粘土質であり、粘土は水がなくなると固まる性質があり、一度固まると雨が降っても保水できない。

 マニラ北東の沿岸部から過去数年間に、少なくとも5000人が移住を余儀なくされたのは、海岸水域が地盤沈下で内陸部に広がったためである。海面上昇より差し迫った、いわば人災である。新国際空港が建設されるブラカン州も、毎年4~6センチの地盤沈下が起きている。

 ベトナムの環境省水源管理局が14~17年にかけ、ホーチミン市とメコンデルタ地区の地盤調査(339カ所)を行った結果、全体の90%で、工業化のための地下水の過剰くみ上げによる地盤沈下が確認された。

 ホーチミン市では沈下速度が最大で年間2センチに達している場所もある。メコンデルタ地区は、ベトナム最大都市ホーチミンを核に約1800万人が住み、同国での経済中心、またコメの産地でもある。同市で取水されている地下水は1日当たり100万~200万立方メートル。同市の人民委員会は07年に地下水取水を制限したが、実効は上がっていないのが現状である。

 アジアの海岸地区以外では、イランの首都で約1500万人が暮らすテヘランも大規模な地盤沈下に見舞われている。街全体を人工衛星から計測したデータによると、テヘラン市内の約10%で急激な地盤沈下が観測され、その最大値は年間25センチにも達している。

日本の役割

 海岸地域に立地した都市で地盤沈下が生じた場合、洪水リスク、建物への被害、橋や道路、鉄道被害など社会資本に大きな影響を与える。

 日本でも60年代まで地下水の過剰くみ上げで地盤沈下が継続した。その結果、全国のゼロメートル地帯は拡大化した。政府は56年に「工業用水法で一定規模の工業用井戸について許可制」にし許可基準を定め地盤沈下の防止を図った。62年には「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」を定め、許可制にして地盤沈下の防止を強化。

 特に大阪府、東京都、埼玉県、千葉県は条例に基づく規制を強化した。その結果、73年ごろから地盤沈下は減少傾向を示し、79年から地盤沈下は沈静化した。

 これら日本の生きたノウハウや技術をアジア諸国に伝授しアジアの繁栄に貢献することは、日本の役目であろう。

(吉村和就、グローバルウォータ・ジャパン代表)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事