編集長インタビュー 安永竜夫 三井物産社長
強み持つLNGで大型案件相次ぐ
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)
── 今年6月、アフリカ・モザンビークのLNG(液化天然ガス)開発への参画(三井物産の投資額約2700億円)を最終決定しました。
安永 モザンビーク北部沖合の鉱区で、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)と折半出資した特別目的会社を通して、全体の20%の権益を獲得しました。天然ガスの生産、液化、LNG輸送までを一体で行います。この案件は探鉱段階からかかわっており、利益は大きいです。
── 天然ガスの需要はまだ伸びると?
安永 世界的な人口増の中、今後も需要は増えていき、経済に不透明感が漂う中でも収益下振れが少ないと見ています。この案件では2024年から、特別目的会社分で年間約1200万トンを生産します。そのうち、1100万トンは東京ガスなどと長期売買契約を結んで買い手が決まっています。
── 三井物産はかつてイランの石油化学プロジェクトで大きな失敗をしています。カントリーリスクに懸念はありませんか。
安永 モザンビークではLNG開発だけでなく、鉄道や港湾などを整備・運営する案件も手がけています。また、モザンビークを含む東アフリカで農業関連事業「ETG」を展開しています。ETGは、農薬・肥料を販売し営農指導を行うことで地元農家の生産性を上げるとともに、ゴマや豆類などの作物を買い取り、農家に収入をもたらします。
こうした事業を自ら手がけて、資源開発や経済発展の恩恵をその国の人々が受けられるようにすることは、政情の安定にもつながります。包括的に国造りに資することができるのは、事業範囲が広い商社ならではです。また、イランでの教訓は、日本だけですべてを担わないということです。欧米などの企業と一緒に事業を行って、ノウハウや交渉力を高めていくという方針を採っています。
重点は「環境・健康」
── LNGでは、今年6月にロシア北極圏の陸上ガス田開発、アークティック2への参画も決めました。
安永 JOGMECと共に10%の権益を取得しました。多くの資源権益は25年程度ですが、この案件は100年に近く、腰を落ち着けて開発・運営に取り組めます。北極圏は開発費や運搬費が見通せないという印象があるかもしれません。しかし、近接地ではロシア資源大手が手がけるヤマルLNGプロジェクトが稼働しています。当社はヤマルを視察し、さらにアークティック2の工期や予算管理を事前調査しました。その結果、採算は取れると判断しました。
── なぜ、LNG案件の決定が相次いだのでしょうか。
安永 10年代中盤に資源のスーパーサイクル(長期にわたって価格が上昇すること)は終わりました。当社でも、16年3月期に資源事業の大型減損を計上し、最終赤字に陥りました。その後、会社によっては資源事業への投資を控えていましたが、当社は「強いところはより強く」という意思の下、優良案件の発掘を続けてきました。
── 注力する事業として「環境」と「健康」を挙げています。
安永 例えば、発電事業では、石炭火力よりガスの方が二酸化炭素の排出量は少なくて済む。その燃料となるLNG供給は環境にかなうものです。
もっとアジア人になる
── 健康に関する事業は。
安永 代表的なのは、アジアの病院事業会社「IHH」です。昨年、株式を追加取得し筆頭株主になりました。シンガポールやマレーシアなど12カ国で83病院を運営しており、今後も病院数を増やします。
── 「アジアの三井物産」を掲げています。どういう狙いですか。
安永 私は海外出張から帰ってくると、日本はとても静かで清潔で成熟感が増していると感じます。それはいい面もありますが、ビジネスの視点から考えると、この“まったり感”でいいんだろうかと感じます。また、我々自身も、結局、日本人起点、日本人の常識で考えているのではないでしょうか。私も10年前は病院事業がビジネスになるのだろうかと思っていましたが、米国や東南アジアではこの分野に資金が入っていて、増加する中間層がより高度な医療を求めると大きな利益を生む事業になります。日本の常識にとらわれず、もっと我々がアジア人にならなければなりません。
── そのために何が必要ですか。
安永 各地域に一層の権限委譲をしなくてはいけません。現地採用のスタッフはこれまでも登用を進めていましたが、どこかに日本人社員との壁があった。私はこの壁を完全になくしたいと思っています。
(構成=種市房子・編集部)
横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか
A 34歳で世界銀行への出向から戻り、東南アジアやロシアなどを飛び回りました。
Q 「好きな本」は
A 『坂の上の雲』(司馬遼太郎)。主人公が同郷の松山市だからです。
Q 休日の過ごし方
A 日曜大工がかつて趣味でしたが、今は孫の相手です。
■人物略歴
やすなが・たつお
1960年生まれ。愛光学園高校、東京大学工学部卒。83年三井物産入社。主に機械畑を歩んで、2010年経営企画部長、13年執行役員、機械・輸送システム本部長。15年に取締役を経ずに社長に就任。
事業内容:総合商社
本店所在地:東京都千代田区
設立:1947年7月
資本金:3414億円
従業員数:4万3993人(2019年3月末、連結)
業績(19年3月期)
収益:6兆9575億円
最終利益:4142億円