アルチェリク トルコ最大の家電メーカー=児玉万里子/256
アルチェリクは中東の経済大国トルコの家電メーカー最大手である。トルコの製造業では、海外大手メーカーと組んだ自動車産業が最も大きいが、電気機器はそれに次ぐ主要産業だ。
アルチェリクは1955年にイスタンブールで創業した。創業者ヴェフビ・コチは、その後数多くの企業を立ち上げ、63年に持ち株会社コチ・ホールディングスを設立、今日のトルコの2大財閥の一つ、コチ・グループが形成されていった。今日もアルチェリクの株式の57%はコチ・グループが保有している。
アルチェリクは、設立後2000年ごろまでに白物家電の製品ラインアップを整えていった。今日では、冷蔵庫、冷凍機、洗濯機、食洗機、オーブン、掃除機、調理機器などの白物家電のほかに、テレビや電子機器製品、エアコンなどを手掛けている。このうち、白物家電の売り上げが総売り上げの約8割を占めている。
同社は12の自社ブランドを展開している。トルコ国内及び海外のメーカーやブランドの買収によって、自社ブランドを増やしてきた。他メーカーから製造を受託し受託先のブランドで販売するOEMには消極的だ。
「アルチェリク」ブランドはトルコ国内で圧倒的な人気を誇り、国内シェアは約50%に達している。海外では「ベコ」ブランドが中心で、今日では欧州市場シェアで第2位ブランドに躍り出ている。01年の「ベコ」ブランドの取得とともにグローバル市場への進出に拍車が掛かり、海外売上比率は01年の36%から02年は50%に急上昇、その後も上昇し18年には69%に達している。
05年ごろよりロシア、ルーマニア、中国を手始めに海外での現地生産も進め、今日では南アフリカ、タイ、パキスタンを含めた7カ国で18工場を操業している。ただ、主要家電製品の海外生産は全体の3割程度で、トルコ国内からの輸出も少なくない。
リラ安で海外増収
アルチェリクの売り上げは01年の14億トルコリラ(当時のレートで約1400億円)から18年の269億トルコリラ(同約5600億円)まで増加してきた。最近10年間の成長率は、それ以前より鈍化しているものの、それでも年平均15%と高い。売り上げをトルコ国内と海外に分けると、国内売り上げの年平均9%成長に対して、海外売り上げは19%成長だ。
トルコ国内の売り上げは10年以降増加を続けているが、年成長率は変動が大きい。例えば、17年の国内売り上げは前年比26%増だったが、18年は4%の伸びにとどまった。17年は販売数量増加と販売価格急上昇が売り上げ急増をもたらしたが、18年は販売数量の落ち込みが売り上げ成長を鈍化させた。
海外売り上げでは、トルコ・リラの下落の影響が大きい。仮にトルコ・リラベースの海外売り上げを、平均為替レートを用いてユーロベースに換算すると、10年間の海外売り上げの成長率は年平均5%程度だったことになる。また、14年以降の売り上げ成長要因をたどると、為替変動と企業買収による売り上げの増加を除いた海外売り上げそのものの自律的成長は、いずれの年次も前年比で10%未満にとどまり、トルコ・リラ安の影響がそれを上回った。
売り上げから原材料費や労務費などの製造原価を差し引いた粗利益は増加傾向をたどり、売り上げに対する比率(粗利率)も徐々に上昇している。販売費が大きく増えているが、販売費や管理費を差し引いた後の営業利益は、売り上げに対する比率(売上営業利益率)では比較的安定している。海外売上比率の変化、海外生産の進展、原材料(プラスチック、鋼材など)価格の変動、製品の国内販売価格の変動、トルコ・リラのレートの大幅変動などの要因があるにもかかわらず、売上営業利益率は管理されている形だ。
同社の売上営業利益率の過去10年間の平均は8%。売り上げ構成の違いもあるが、トルコ第2位の家電メーカーのベステルより利益率は高く、安定している。世界最大の家電メーカーの中国の美的集団と比べると、売り上げ規模は約8分の1だが、売上営業利益率はほぼ同水準だ。
投資の調達資金の一部は有利子負債でまかなわれている。その残高は18年末に大きく増え、純資産の1・5倍に達している。金利水準の高いトルコ・リラ建てが多いため、支払利息の負担は大きい。
3地域で販売
アルチェリクの立ち位置は面白い。成熟度が異なりニーズの違う三つの地域、トルコ国内、西ヨーロッパ、新興国(東欧、アフリカ、中東、パキスタンなど)での売り上げが全体の3分の1ずつなのだ。
まず、トルコ国内では、白物家電の一部は普及したがまだ成長余地のある製品分野がある。国内人口は緩やかに増加し、とくに若年層の人口が多いのが特色だ。第2の西ヨーロッパでは、白物家電市場の成熟度は高い。ここでは07年に買収したドイツの老舗「グルンディッヒ」ブランドを活用して、高級品分野の強化を図っている。
そして、第3の新興国市場では、まだ白物家電が普及する余地が残っている。ここ数年、同社はこの市場で活発な動きを見せている。例えば、16年はタイの冷蔵庫工場の操業を開始し、パキスタンの現地メーカーを買収した。17年にはインドのタタ・グループと合弁会社を設立し、19年にはバングラデシュの現地メーカーを買収している。
三つの白物家電市場のそれぞれ異なるニーズに対応して、今後どのように成長していくか、注目されるところである。
(児玉万里子・財務アナリスト)
台頭する新興国メーカー 東芝の家電事業売却先にも
かつて世界の白物家電市場を席巻していた日本メーカーは、今日では影が薄い。韓中メーカーが台頭し、その低価格攻勢に太刀打ちできなかったためだ。その結果、2012年に三洋電機が中国のハイアールへ、16年には東芝も中国の美的集団に家電事業を売却。日本メーカーのみならず、米国のGEの家電事業も16年にハイアールに売却された。
アルチェリクやベステルは日本に進出しておらず、日本での知名度は低い。しかし、GEと東芝の家電事業の売却先候補として名前が取り沙汰されたこともあり日本でも知られ始めている。
家電事業を継続する日本の大手メーカーは、付加価値の高い高級品で勝負する考えのようだ。日立製作所、パナソニック、三菱電機の家電部門(製品分野は必ずしも同じではない)の直近の売上営業利益率は3~5%程度だ。十分に高い価格が通る製品にまだ絞り切れていないということだろうか。
(児玉万里子)
企業データ
本社所在地=トルコ共和国イスタンブール
CEO=ハカン・ブルグルル(Hakan H. Bulgurlu)
総資産=283億6800万トルコ・リラ
純資産=82億1900万トルコ・リラ
売上高=269億400万トルコ・リラ
営業利益=26億3700万トルコ・リラ
当期純利益=8億5600万トルコ・リラ
従業員数=2万9530人
上場取引所=イスタンブール証券取引所
(出所)ブルームバーグ
(注)数字は2018年12月期