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刑事司法対談 周防正行×木谷明 冤罪を生む「ムラ社会」の論理 法曹一元、証拠全面開示が改革のカギ

    撮影=中村琢磨
    撮影=中村琢磨

    周防正行・映画監督×木谷明・元東京高裁判事

    「今市事件の高裁判決は裁判員制度を崩壊させる」

     日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の逮捕や相次ぐ再審無罪判決を契機に、日本の刑事司法に対する批判が高まっている。刑事裁判をテーマにした映画を製作し、法制審議会の委員も務めた映画監督の周防正行氏と、裁判官として刑事事件で30件以上の無罪判決を下した木谷明氏に、刑事司法の課題を話し合ってもらった(ウェブに長文版掲載)。

    (司会・構成=稲留正英・編集部、撮影=中村琢磨)

    ── ゴーン氏の逮捕を契機に、長期勾留、いわゆる「人質司法」の問題に関心が集まっている。

    木谷明氏
    木谷明氏

    木谷 起訴前の逮捕・勾留は合わせて13日間、裁判官が「やむを得ない事由」があると認めた場合は23日間まで延長が可能とされている。この「やむを得ない事由」が裁判所に簡単に認められてしまう点に問題があるが、そこで終わるならまだよい。最大の問題は起訴後の勾留がいつまでも終わらず、保釈されないことだ。「郵便不正事件」で逮捕された元厚生労働省局長の村木厚子さんは164日間、オリンパス粉飾決算事件で有罪となった元野村証券社員の横尾宣政さんに至っては実に966日間勾留された。

    「想像力ゼロ」の検察・判事

     取調官は、「否認していると、いつまでも保釈されない。軽い罪で済むんだから、ここで自白して、あとで撤回すればよいじゃないか」と被疑者を説得する。

     村木さん、横尾さんのように、自白をしないで頑張る被告がたまにいるが、否認する被告は容易に保釈されない。そういう実態があり、警察や検察は自白を促す武器として、使っている。これはとんでもない間違いだ。

    周防 郵便不正事件を受け、刑事司法の抜本的な改革が必要だということで、2011年6月に法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」が設置され、私は市民の代表の一人として委員に就任した。この特別部会に出席していた検察官や裁判官は、長期間の勾留で人の自由を奪うことに対する想像力がゼロだった。村木さんの長期勾留について、休み時間に一人の裁判官に詰め寄ったが、「今思えば、無罪だったから、あなたは行き過ぎだというかもしれないが、あの当時は正当な理由によって勾留延長を決定したのであって、裁判所は何も間違ったことをしていない」という考えだった。

    ── 憲法第38条で自白の強要は禁止されている。にもかかわらず、「自白の強要」が行われるのは、刑事訴訟法の文面に問題があるのかあるいは運用の問題なのか。

    木谷 運用の問題だ。

    ── 刑事訴訟法の321条第1項第2号に「特信状況」という規定がある。これは、法廷での証言と、検察官の面前で取った「検察官面前調書(検面調書)」の内容が違う場合に、特に信ずべき状況があると認めた場合は、検面調書を証拠採用できるという内容だ。これが、検事による無理な自白強要を生む一因と指摘されている。

    木谷 特信性の問題も、裁判所がきちんと運用していれば問題なかったはずだ。ところが、裁判所は、妙な理屈で「特信性」の要件を事実上ないのも同然にしてしまった。その理屈は、「法廷では被告人が目の前にいるから、共犯者は本当のことを言えない。でも、被告人がいない取調室で、法律の専門家である検察官と2人だけなら本当のことを言う。だから、食い違ったら検面調書の方が特に信用できる」というものだ。これでは、共犯者などが、法廷で検面調書と違うことを述べた場合、原則として調書が証拠とされるから、調書万能主義になる。こういう理屈を平気で積み重ねてきた裁判所には大きな責任がある。

    「ムラ社会の生贄」

    ── 海外から、日本には、「Due Process of Law(適法手続き)がない」との批判さえある。

    周防正行氏
    周防正行氏

    周防 この問題は法律論ではなくて、日本の「ムラ社会性」に起因すると思う。誰かを「犯人だ」と決めないと、社会秩序を保てない。真犯人かどうかは関係なく、その後のムラ社会の秩序を保つために、被疑者をまるで生贄(いけにえ)のように捧げている。そうしたことが染み付いているのではないか。

    「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜(むこ)を罰するなかれ」という法格言がある。この話を特別部会でしたら、警察官や検察官は、「だけど、10人の真犯人を逃すわけにはいかない」と反論した。人が人を裁くことで、間違いを繰り返してきた本当に長い歴史の中で、この理念にたどり着いた。それにもかかわらず、彼らはまったくその意味を理解していない。

    木谷 人は間違いを犯すという前提で、裁判をしなければいけない。一説では、「木の葉(無実の人)は浮き、石(真犯人)は沈む」形で裁判を行うのが理想と言われる。でも、そんなことは人間には不可能だから、次善策として「石が浮いても、木の葉が沈まないように」する。その結果、真犯人が何人か罪を逃れるとしても、それは社会全体が「無実の者が処罰されないこと」の代償として我慢すべきだ。

    ── 冤罪(えんざい)を生む風土の裏には、国民の意識もあるのではないか。

    周防 国民には「とにかく一刻も早く犯人を捕まえてほしい」という強い期待があり、警察は幹部から末端の捜査員まで、事件の早期解決のプレッシャーにさらされている。だから、被疑者が真犯人かどうかを証拠を吟味する前に見込みで捕まえてしまう。逮捕すれば世間的にも一件落着だ。それが冤罪につながる第一の原因だと思う。

    一番威張るのは「警察」

    ── 警察の暴走を法律家の立場からけん制するのが検察だし、チェックするのが裁判官のはずだ。

    周防 特別部会に出席して、それが機能しない理由がよく分かった。なんといっても、警察が一番権力を持っている。検察は警察を怒らせられない。

    ── 世間は、検察がエリートだと見ているが。

    周防 警察は検察とは数が違う。全国津々浦々、あんなにブランチのある組織はない。検事だって、警察に厳しいことを言って嫌われてしまったら、自分が事件を担当したときに困る。だから、検察は警察に頭が上がらない。

    木谷 警察は検事を馬鹿にする。検事は裁判所を馬鹿にする。だから、警察が一番威張っている。それが実態だ。

    ── 現行の刑事訴訟法自体に問題はないのか。

    木谷 いくつかあるが、最大のものは、警察や検察が持っている証拠の全面開示制度がないことだ。

    周防 裁判員裁判の開始を受け、審理の迅速化を図るために、裁判所の立ち会いの下、弁護側と検察が争点を絞る「公判前整理手続き」が導入された。ここで弁護側は検察側の主張を裏付ける証拠、それに疑いを生じさせる証拠、被告人の正当な反論を裏付ける証拠について、開示請求できるようになった。

     しかし、その対象は、全裁判の2%に過ぎず、それ以外は、当事者間の話し合いで、検察官が任意に開示している。仮に被告人に有利な証拠があったとしても、どんな証拠を相手が持っているのかが分からなければ、暗闇の中、手探りで探すようなものだ。

    法曹一元で意識改革

    ── 日本の刑事司法を変えていくには、今後、何をすべきか。

    周防 「裁判官は弁護士の資格を有する者で裁判官以外の職務に従事した者から選ぶ」という法曹一元について言及したい。学校でも何でも一番だった人が、ある日を境に高い法壇に座り、毎日、悪い人を裁き続けると、弱者の立場を知ろうとする思考がゼロになるのではないか。

    木谷 本当にそう思う。私が任官した頃は、何年も司法浪人の末、裁判官に採用された人たちがいた。でも、今はストレートで受からないと裁判官になれない。秀才君、才媛さんばかりだ。挫折経験がないことはかなり恐ろしいことだ。

    周防 だから、警察や検察がどんな取り調べをしているのか、裁かれる立場から見た弁護士が、裁く側に立つ。これが今のエリート主義を少しでも変える手段だと思う。そうならないと裁判所は変わっていかない。

    ── 裁判員裁判制度については、どう評価しているのか。

    木谷 「裁判に健全な社会常識を反映させる」という狙いは悪くはなかった。しかし、忙しい市民に迷惑を掛けてはいけないとして、実際の運用では、裁判員裁判のスケジュールを守ることが至上命題になってしまった。公判前整理手続きで決めた争点を一気に審理し、後から疑問が出て、弁護側がここを立証したいと言っても、できないことになっている。だから、本当の意味で、事件の真相を見抜くことは非常に難しい。審理が不十分で間違った裁判をしてしまったら、何のために国民に参加してもらって裁判をしたのか、ということになるのだが。

    周防 でも、司法に市民が参加する意味は本当に大きいと思う。日本弁護士連合会と裁判所と検察が主催する模擬裁判を見たが、市民は本当に弁護人の言葉も検察官の言葉もしっかりと聞く。1回限りの裁判に、専門家ではないゆえに、本当に真摯(しんし)に向き合っている。いろいろな視点の人がいるということも大事だし、本当に大切にしたい。

    可視化「操作」の怖さ

    木谷 それだけに、裁判員制度を台無しにしてしまいかねない今市事件の東京高裁判決が許せない。

    ── この事件では、ビデオ録画された自白の任意性・信用性を根拠に、宇都宮地裁の裁判員裁判が、誘拐した女児を殺害したとして被告に無期懲役判決を下した。

    木谷 2審の高裁では、弁護側の提出した証拠により、自白で述べられた犯行の場所や具体的方法など、その根幹部分の信用性が覆った。そのため、高裁は、自白調書に基づいて被告の犯行を認めた地裁の裁判員裁判には事実誤認があるとしてこれを破棄した。ところが、高裁は、ほかの証拠で「被告が犯人であること自体に疑いはない」として、検察に訴因変更を促し、その新たな訴因を元に有罪判決を下した。変更された訴因については裁判員が裁判していないのだから、この訴因について裁判官だけでいきなり判断してよいことにはならないはずだ。この運用は裁判員裁判制度を崩壊させ、形骸化させるものだ。本来なら、地裁に差し戻し、新たな訴因でもう一度裁判員裁判をやり直さなければならない。

    ── 今市事件では、取り調べの可視化は、弁護側にとってももろ刃の剣となった。

    木谷 被告は録画される前に、警察で44日間にもわたり厳しい取り調べを受けて自白させられ、自分がした自白の内容をしっかり頭にたたき込まれている。警察の取り調べで戦意を喪失してしまった被告が、たたき込まれた自白を検察官の前で繰り返し、その姿を正面からカメラで写せば、いかにも被告が「改悛(かいしゅん)して真実を述べている」ように見える。心理学の研究からも明らかだ。

    周防 私は劇映画を撮っている。全部、うそ、フィクションだ。それでも、見た人は笑い、泣き、感動する。映像は本当に強い影響力を伴う。その特性を利用して、作り話を描くのが映画だ。

    木谷 それを、司法の場でさせちゃいけない。映像を撮るにしても、被疑者本人の正面からカメラを向けてはいけない。あくまで「取り調べの可視化」なのだから、取調官を映すべきだ。被疑者は声だけでよい。今は「取り調べの可視化」ではなく、「供述態度の可視化」になっている。それは制度本来の趣旨とは全然違う。可視化する以上、一番問題のある警察の取り調べも「完全可視化」すべきだ。

    「強制終了」の大崎事件

    ── 2010年以降、足利事件、東電OL殺人事件、布川事件、松橋事件で再審無罪が確定した。今年5月に「再審法改正をめざす市民の会」が結成され、木谷さんと周防さんは共同代表を務めている。

    周防 これらの冤罪事件を生んできた背景には、捜査当局による証拠隠しや証拠の捏造(ねつぞう)がある。だから、再審における証拠開示制度の制定を求めていく。

    木谷 再審法で、全ての証拠を開示しなければいけないという規定を作れば、再審請求された事件では、検察官の手持ち証拠が全て明らかになってしまうから、通常審で証拠を隠して有罪判決を取っても意味がなくなる。

    ── 再審決定に対する検察の抗告も問題視されている。

    周防 再審では、有罪立証後に異議が出ているのだから、検察官は訴訟相手の一方の当事者としてではなく、公益の代表者として、本当にその人が真犯人かどうかを改めて吟味するという姿勢で臨んでほしい。確定判決を守ることが検察の威信につながると考えているようなら、まさに、ムラ社会の論理そのものだ。

    ── 木谷さんが弁護団に加わる大崎事件(※)では鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部が再審を決定したが、検察官が特別抗告し、最高裁が再審請求を棄却した。

    木谷 大崎事件の最高裁決定はひどい。1・2審で充実した審理の末再審開始決定を積み重ねてきた。なのに、書面審理だけしかしない最高裁の5人の裁判官が、あたかも自分たちが神様にでもなったような感じで、ろくな理由づけもしないまま1・2審の決定は誤りでこれを取り消さなければ著しく正義に反すると言い切って取り消しただけでなく、差し戻すこともしないで再審請求を棄却してしまった。まさに「強制終了」だ。検察官の不服申し立ての弊害がここまで明らかになったのは、再審の歴史上初めてのことだ。なんとしても正さなければいけない。


     ※1979年、鹿児島県大崎町で男性の変死体が見つかった事件で殺人罪などで服役した90代の女性が冤罪を訴えている。


     ■人物略歴

    きたに・あきら(元東京高裁判事、弁護士)

     1937年神奈川県出身。60年司法試験合格、61年東京大学法学部卒業。63年判事補任官。最高裁調査官、水戸地裁所長、東京高裁部総括判事などを歴任後、2000年退官。04~12年法政大学法科大学院教授。12年から弁護士。実父は故・木谷實・囲碁九段。著書に『刑事裁判の心』(04年)、『刑事裁判のいのち』(13年)、『「無罪」を見抜く 裁判官・木谷明の生き方』(13年)など。


     ■人物略歴

    すお・まさゆき(映画監督)

     1956年東京都出身。立教大学文学部卒業。「シコふんじゃった。」(92年)、「Shall we ダンス?」(96年)で日本アカデミー賞を受賞。2007年、映画「それでもボクはやってない」で、日本の刑事裁判の実態を明らかにし、大きな反響を呼んだ。11~14年法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」委員。著書に『それでもボクは会議で闘う ドキュメント刑事司法改革』(15年)など。

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