スマート農業の現場 甘いトマトやミカン選別に最新技術=松崎隆司
スマート農業が今、日本の農業を大きく変えようとしている。
静岡県の西部を流れる太田川沿いにあるビニールハウス。中に入ると、大人の背丈ほどのトマトのつるが、何列にもずらっと並ぶ。それぞれにやや小ぶりの真っ赤なトマトが実り、作業員が一つずつ手作業でていねいに収穫している。
一つもらって試食すると、「甘い!」。普段食べているトマトとは明らかに違う。
農業ベンチャー企業、ハッピー・クオリティー(同県袋井市)は、最新の技術を使って糖度の高いトマトの生産に取り組んでいる。普通のトマトの糖度は4~5度。同社のトマトは、平均糖度8・87(最大16・9)だ。8度を超えるとフルーツの甘さの領域に入るという。
トマトは栽培の過程で、水を減らしてストレスをかけると糖度が高まる。しかし過度に減らすと枯れてしまう。そのため綿密な潅水(かんすい)制御が必要で、これまでは熟練したトマト生産者にしかできないたくみの技術と言われた。
同社の宮地誠社長は、静岡大学と共同でAI(人工知能)を活用したスマート農業の研究に着手。特殊なカメラで撮影した画像や、温度、湿度、照明などのデータを収集し、これを基に「しおれ具合」を感知し、その結果によって潅水制御する仕組みを開発した。熟練農家の経験値をAIで補うことで、「高糖度トマトを大きな負担なく大量生産できるようになった」と説明する。
同社の関連会社サンファーム中山が生産を担い、2016年の栽培開始から、3年で1億円近い売上高を上げるようになった。高糖度トマトは通常のトマトの3~4倍ぐらいの単価で売れる。宮地社長は「日本の農業には、消費者や市場のニーズをくみ取って商品をつくるマーケットインの発想が乏しい。だから安い価格で販売しなければならず、収益が上がらない。高い付加価値の商品を作って差別化し、それを必要とする人たちに必要なだけ販売すれば、希望した値段で売ることができる」と言う。
宮地社長の取り組みはこれだけではない。実は糖度の測定方法も抜本的に変えようとしている。
「これまでの糖度計は糖と酸を明確に区別できなかった。だから酸っぱいレモンでも糖度9・7なんて数字が出てしまう」。そこで国の機関とともに新しい糖度計を開発。糖と酸を区別し、さらにリコピンやGABA(ギャバ)など最近注目されている栄養素の成分も測定できるようにするという。
「将来は農家をフランチャイズ方式で組織化し、だれでも簡単に高単価トマトを作れる環境を整えたい」と語る。
人の感覚を持つ機械の手
農作物の選別システムを開発するシブヤ精機(浜松市)は、慶応義塾大学ハプティクス研究センターと共同で、人の触覚をもったロボットハンドを使った選果作業の自動化実験を長崎県で進めている。
実験がスタートしたのは2年前。それまでミカン農家は、傷んでいたり、形が悪いなど商品にならないミカンを各農家で事前に選別する仕組みをとっていたが、国のプロジェクトとして各農家の負担を軽減しようと選果場でまとめて選果する仕組みの実証実験を長崎県(JAながさき西海)で行うことになった。
ここで活用されたのが人間の触覚を持っているロボットハンドだ。形状・硬さなどが不均一な青果物であっても、適切な力加減で正確につかみ、移動させることができる。慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科の野崎貴裕専任講師が開発し、シブヤ精機が果実用選果システムにこの技術を応用した。
ロボットハンドを使った選果システムは、取り扱いが困難だといわれてきた腐敗したミカンを除去することを目的に開発された。紫外照明と白色照明を合わせたシブヤ精機の技術で、果実の大きさ、位置、腐敗度合い、傷の度合いなどを測定し、腐敗果実をロボットハンドがつかみ、ライン外に出す仕組みになっている。
これまでは、果実を空気を使って吸い付ける吸着方式や吸引方式が一般的だった。「実験は吸着方式とロボットハンドを併用して行ったが、吸着方式だと腐ったミカンを落としたり、ホースに詰まらせたりした。ところがロボットハンドではそうした問題が起こらなかった。ほぼ実用化段階にきている」(シブヤ精機担当者)。
シブヤ精機は、腐敗果実の選別だけでなく、イチゴや桃、トマトなどの選果や箱詰めまでの一連の作業を自動化、省人化するロボットシステムの研究開発を進めている。さらに農産物の自動収穫など、より複雑な取り扱いが必要な作業への展開も検討しているという。
少子高齢化に悩む農業にも一筋の光明が見えてきたといってもいいのではないだろうか。
(松崎隆司・経済ジャーナリスト)