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週刊エコノミスト Online エコノミストリポート

カナダ、中国でスマートシティー グーグル系も街づくりに本格参入 データ連携基盤の構築がカギ=百嶋徹

スマートシティーの計画が進むカナダ・トロント(Bloomberg)
スマートシティーの計画が進むカナダ・トロント(Bloomberg)

 カナダ・トロント市のウオーターフロント地域でカナダ政府やトロント市が再開発計画事業を推進している。ウオーターフロント地域全体の敷地面積は約325万平方メートルだが、そのうち4・9万平方メートルのキーサイド地区から開発をスタートさせ、社会課題を解決するスマートシティーを建設する。そこに米グーグルを傘下に持つ持ち株会社である米アルファベットが子会社のサイドウォーク・ラボを通じて参画している。

 計画が明らかになったのは2017年10月だが、今年6月に開発計画のマスタープランが公表された。「IDEA」と名付けられた対象エリアでは、持続可能な都市を目指し、先端技術とデータを駆使して、自動運転など新たな移動手段、モジュール化した木造建築、ゴミの自動収集などに取り組む。

サイドウォーク・ラボのスマートシティーのイメージ(Bloomberg)
サイドウォーク・ラボのスマートシティーのイメージ(Bloomberg)

 トロントのプロジェクトに注目すべき理由の一つは、実際に関わるのはサイドウォーク・ラボだが、グーグルという世界的な巨大IT企業のグループが実世界での都市づくりに本格的に参入してきたことだ。巨大IT企業の都市計画への参画は中国でも見られる。

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

国家主導「千年の大計」

 中国・河北省雄安新区では、17年から国家主導による大型都市開発が進行中だ。雄安新区は、深セン経済特区や上海浦東新区に続く、壮大な国家プロジェクトであり、習近平国家主席肝煎りの「千年の大計」と位置付けられている。北京の南西約105キロにあり、全体の対象エリアは1770平方キロと広大だ。

 もともとは何もないような土地にゼロからつくり始めた都市であり、これから建設が本格化するが、一部竣工済みの地区で、AI(人工知能)やロボットを導入し、自動運転バスや無人スーパーの実証実験が始まっている。中国の3大IT企業BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)はいち早く雄安に拠点を設けて集結している。また、自動運転の社会実装はバイドゥがけん引する。50年には人口1000万人のスマートシティーを実現し、北京の首都機能以外の都市機能の分散も見込んでいる。

 人口減少や税収減が進む中、社会課題が多様化・複雑化し、自治体が単独で街づくりを行うことが困難になってきている。街づくりにおいては、産業界の知見・人材・資金、大学・研究機関の知見・人材を活用することが欠かせない。また、地域住民やNPO(非営利組織)などが協力・参画し、産学官民が連携して取り組むことが必要となる。そして地域・都市の複合化した多様な社会課題を解決するための最も重要なポイントは、最先端技術の社会実装だ。ここにIT企業のノウハウが生かされる。

 具体的には、建物やインフラなど地域・都市のあらゆる構成要素・機能に各種センサーや高精細カメラなどのIoT(モノのインターネット)デバイスが搭載され、街全体を通信ネットワークでつなげる。そして、IoTデバイスから取得した人・物の動きや自然環境の変化などの情報が貴重なビッグデータとなる。このビッグデータを産学官民の多様な主体間で共有・共用できるしくみを構築しておくことが欠かせない。

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

「都市OS」の整備

 ここでのデータ共有には、さまざまなデータを分野横断的に収集・整理し提供するデータ連携基盤、いわゆる「都市オペレーティングシステム(OS)」の整備が必要だ。また、複数のサービス間で相互にシステムへ接続する際のデータやプログラムをやり取りするためのルールとして、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)がある。そして都市OSとサービスアプリケーション層およびデジタルデータ層の間の接続方式は、標準化されたオープンなAPIでなければならない。APIがオープンで標準化されていれば、システムがバージョンアップしても複数サービス間の相互接続は常に可能となる。

 このデータ連携により、地域・都市というフィジカル空間(実世界)で生み出されるビッグデータをサイバー空間(仮想空間)でAIにより解析する。そして、この解析結果を地域・都市のあらゆる構成要素・機能・サービスの管理・運営の効率化・高度化に生かすことができれば、地域・都市全体の最適化が図られる。これにより、多様な社会課題は解決に向かうだろう。

 IoTやAIによる技術革新である「第4次産業革命」や政府が提唱する未来社会「ソサエティー5・0」は、最先端技術を活用して社会課題を解決することを目指している。その本質は、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合・連動するCPS(サイバーフィジカルシステム)にある。先進的なスマートシティーは、「CPSの先行的な実装フィールド」となる。ここに、従来はサイバー空間でのビジネスをメインとしてきた巨大IT企業が、フィジカル空間での街づくりに積極的に乗り出してくる理由がある。

(出所)百嶋徹「サスティナブル・クリエイティブシティへの進化に向けたミクストユース開発の街づくり」日本ショッピングセンター協会『SC JAPAN TODAY』2019年1・2月合併号
(出所)百嶋徹「サスティナブル・クリエイティブシティへの進化に向けたミクストユース開発の街づくり」日本ショッピングセンター協会『SC JAPAN TODAY』2019年1・2月合併号

藤沢、横浜でも街開き

 では、日本のスマートシティーの状況はどうか。例えば、大手電機メーカーのパナソニックは、事業所跡地で先端技術を駆使したスマートシティー開発の横展開に取り組んでいる。神奈川県藤沢市で展開する「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン」(敷地面積は約19万平方メートル)は14年、横浜市港北区綱島東で展開する「Tsunashimaサスティナブル・スマートタウン」(同・約3・8万平方メートル)は18年におのおの街開きを行った。いずれも、多様なパートナー企業や地元自治体の技術・知見・協力を結集し、くらし起点および地域貢献の街づくりを目指している。

 こうしたスマートシティーの構築に重要なことは、まず多種多様な背景を持った優秀な人材を地域・都市に引き寄せること。創造性豊かで優秀な人材は、仕事と生活を融合一体化させる働き方を好む。そのため、企業が創造的なオフィス(クリエイティブオフィス) を設け、そこを起点として職住遊が近接・一体化する街づくりが必要となる。

 また、異業種・異分野の技術やノウハウなどを組み合わせるオープンイノベーションを推進するためには、人々が所属を超えて集える多様な場を集積させていく。これにより、地域・都市をイノベーションが生まれる創造的な環境を醸成する「クリエイティブシティー(創造都市)」へと変貌させる。

 一方で、地域・都市の多様な社会課題を解決するには、産学官民の多様な機関・組織の力を結集して、持続可能(サスティナブル)な「スマートシティー」へ進化させることが求められる。したがって、先進的なスマートシティーの開発には、両方の要素を併せ持つべきだ(図)。

 ここに提示したコンセプトは、環境・エネルギー分野の課題解決が中心であった「環境配慮型都市」としてのスマートシティーとは異なる。先端技術をフル活用して多様な社会課題を解決する先進的な「分野横断型スマートシティー」や、政府が進める複数の規制改革を一体的に推進する総合的な「まるごと未来都市」、いわゆる「スーパーシティー」が当てはまる。

データ連携モデルを示せ

 先の通常国会の閉会に伴い廃案となった、「国家戦略特区法改正案」はスーパーシティーの実現を目指したものだが、前述の都市OS・標準APIによるデータ連携を打ち出した画期的な法案だった。来年の通常国会で議案に挙がることが期待される。

 ただし、街づくりの進め方も考える必要がある。トロントのプロジェクトでは、プライバシー保護やデータ管理に対する懸念が市民や関係者から示されており、現時点で未着工である。背景にはデータを独占してきた巨大IT企業への警戒感が国際的に強まる中で、グーグル系列企業にデータを押さえられることへの反発があるようだ。

 住民などの合意を踏まえたボトムアップアプローチではなく、国家主導によるトップダウンアプローチのほうが、先端技術のスピーディーな社会実装につながる。街づくりの最初の段階から先端技術を組み込めば、一層のスピードアップは必至だ。防犯システムや物流など幅広い分野でのAI・ロボットの導入や、スマホ決済の普及など、中国ではトップダウンで成果が上がっている。ただし、中国だからこそ可能ともいえる。他国では、こうしたプロジェクトをトップダウンで進めることは非常に難しいだろう。

 では、日本が先端技術を実装した街づくりを進めるためには何をすべきか。まずはオープンAPIを介した都市OSをプラットフォームとした「データ連携・共有モデル」を日本発のスーパーシティーにて構築する。そこで多様な社会課題を解決し、生活の質が向上することを地域住民などに示して、有効性を訴求していく地道な正攻法が極めて重要だろう。

(百嶋徹・ニッセイ基礎研究所 社会研究部上席研究員)

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