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HISのパーム油発電所に批判 東京ドーム600個分の森消失も=樫田秀樹

HISスーパー電力が建設中のパーム油発電所(FoE Japan提供)
HISスーパー電力が建設中のパーム油発電所(FoE Japan提供)

化石燃料使うバイオマスの矛盾 東京ドーム600個分の森消失も

「パーム油発電は、二酸化炭素(CO2)排出と熱帯林破壊によって、気候変動に悪影響をもたらす」

 大手旅行会社エイチ・アイ・エス(HIS)の子会社、HISスーパー電力が手がける発電所事業に、環境団体から厳しい批判の声が上がっている。同社が宮城県角田市で建設中のパーム油を燃料としたバイオマス発電所を巡り、環境NGO「FoE Japan」などは7月30日、建設の中止を求める約15万筆の署名をHISに提出した。NGO側は署名を直接手渡しての意見交換を望んだが、HIS側に拒否され、送付での提出となった。HISスーパー電力の担当者は「署名は真摯(しんし)に受け止める」としながらも、来年3月の稼働予定に向けて計画通り工事を進める方針を示している。

生態系に深刻な被害

アブラヤシの実から「パーム油」が取れる(筆者撮影)
アブラヤシの実から「パーム油」が取れる(筆者撮影)

 パーム油はアブラヤシの実から得られ、世界で最も生産量が多い植物油だ。2016年10月~17年9月の1年間に生産された植物油1億9068万トンのうち、パーム油だけで6614万トンと3分の1を占める。その約85%はマレーシアとインドネシアの2カ国で生産され、日本には年間約70万トンが輸出されている。うち約8割は食用で、菓子やマーガリン、冷凍・レトルト食品、即席麺、外食の揚げ油などに使われ、残りの約2割は工業用。洗剤やせっけん、医薬品、化粧品などの原料となっている。

 HISスーパー電力のパーム油発電所の出力は、4万1100キロワットを見込むが、それには年間約7万トンのパーム油が必要となる。「植物油の発電」と聞けばなんとなく「地球にやさしい」印象を受けるが、環境団体が反対するのには理由がある。

アブラヤシの農園開発のために伐採された山林(筆者撮影)
アブラヤシの農園開発のために伐採された山林(筆者撮影)

 まず、原料のアブラヤシの栽培には、搾油工場を効率的に稼働させるのに最低でも3000ヘクタール(東京ドーム約600個分)もの熱帯林の樹木を全て伐採する「皆伐(かいばつ)」を伴う。つまり、そこにある生態系と村々を消し去ることになる。「FoE Japan」事務局長の満田夏花さんは「この20年間でインドネシアとマレーシアとで約350万ヘクタールもの森林がアブラヤシのプランテーションに転換された。生態系も先住民族も深刻な被害を受けている」と訴える。

 筆者は1989年以来、環境問題の取材でマレーシア・ボルネオ島サラワク州の熱帯林をほぼ毎年のように訪れ、「開発」による森の変貌を目の当たりにしてきた。サラワク州では90年代前半からアブラヤシのプランテーション開発が大規模に始まり、造成工事でうっそうとした森林は地平線まで見える裸の大地に変貌した。先住民族は、代々守ってきた土地と土地の権利を奪われてなるものかと、プランテーション企業やサラワク州などを相手に提訴する動きが相次ぎ、その数は150件を超えた。

 また、インドネシアでは熱帯雨林の下に泥炭が眠っている場所が多く、プランテーション開発業者が森を焼き払うと、そのまま泥炭も燃え、大規模な森林火災がたびたび発生していることも国際的なニュースになっている。

 このように、少し調べれば、アブラヤシのプランテーション開発がさまざまな問題を生み出すことはすぐに分かる。

認証制度の限界

 それでも、HISがパーム油発電を推進するのはなぜか。HISスーパー電力が今年2月に発電所予定地の角田市の住民に送った説明文書には「化石燃料から再生可能燃料への転換を進め、世界の平和と美しい自然や景観を保全する」とある。さらに、同社のホームページ(HP)では、上記のような環境問題や社会問題を起こさずに生産されていることを、NPO「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」が認めたパーム油のみを扱うとしている。

 RSPOは、世界的な自然保護団体である世界自然保護基金(WWF)の呼びかけで、パーム油の生産団体や販売組織などが04年、環境や社会に低負荷のプランテーションで生産されたパーム油を認証する目的で結成。環境への責任と自然保全、地域社会や労働者への配慮、住民に大切な森林は開発しないこと、など八つの原則を定め、世界で3000以上の組織が参加し、日本でも19年8月末時点で、HISスーパー電力も含め102組織がメンバーになっている。

 しかし、RSPOは運用面に甘さを抱える。例えば、森林の開発禁止といっても奥地に監督官がいるわけではなく、実際に森は切られ、泥炭地では火災が起きている。だからこそマレーシア・サラワク州だけでも、森の先住民族は150件以上もの裁判を起こしているのだ。また、RSPO認証油といっても、認証油と非認証油とが流通過程で混合しても認証油として扱われている。

 なぜ、日本の自然資源でなく、わざわざ遠い国から輸入してまでもパーム油にこだわるのか。私は5月からHISやHISスーパー電力に取材を申し込んだがいずれも拒否された。

 パーム油発電を計画しているのは、HISスーパー電力だけではない。日本では数年前から、既に数社がパーム油発電を始め、急速に広がっている。パーム油発電が、電力会社が再生可能エネルギーとして電気を高く買い取る国の固定価格買い取り制度(FIT)の対象になっているためだ。HISスーパー電力の場合、1キロワット時当たり24円という高値での買い取りが20年保証されている。

 日本国内でFIT認定を受けたパーム油発電の容量は18年3月時点で約170万キロワットで、原発1基分を超える規模だ。これに必要なパーム油は年間約340万トン。現輸入量の約5倍という実現不可能な数字である。

「駆け込み」で殺到

 なぜこんなことになったのか。自然エネルギー財団の相川高信上級研究員は「17年10月にFITの『バイオマス』区分での買い取り価格が、1キロワット時当たり24円から21円に下がった。その前の駆け込み申請が経済産業省に殺到した」と指摘する。

(注)FIT制度導入後の認定容量。バイオマス比率考慮ありの数値 (出所)経済産業省資源エネルギー庁の資料より編集部作成
(注)FIT制度導入後の認定容量。バイオマス比率考慮ありの数値 (出所)経済産業省資源エネルギー庁の資料より編集部作成

 この値下げ案を経産省の審議会が示したのは16年12月。これを境に、認定量は急増している。パーム油を含む、輸入材を用いる「一般木質等」のバイオマス発電のFIT認定量は15年度末では295万キロワットだったのが、16年度末には約3・9倍の1147万キロワットにまで激増した(図)。17年度末には741万キロワットになったものの、18年度末には再び増えて796万キロワットで推移。4年前の14年度末と比べれば、6倍の規模に膨らんでいる。

 相川氏はさらに「問題は、『駆け込み』で殺到した会社が申請時に『燃料源』の検討や確認を十分に行っていなかったことだ」と指摘する。

 相川氏は、値下げ実施直前の17年9月に同財団のHPに「リスクの高いパーム油発電」と題したコラムを載せ、「パーム油生産は多量の二酸化炭素(CO2)排出という致命的な問題を抱えている」などと問題点を指摘したところ、複数の会社から「バイオマス発電をやりたいがパーム油でやって大丈夫か」と問い合わせが相次いだという。

「多くの会社は、コンサル会社や商社に『パーム油を使ったバイオマス発電が地球環境への貢献になる』と話を持ちかけられ、検証することなく信じているようだった。コンサルや商社には商機だったのだろう」(相川氏)

開発伴えばCO2激増

 相川氏が指摘するように、パーム油発電は多量のCO2排出を伴う。経産省の試算では、パーム油の栽培から製造、輸送、燃焼に至る一連の過程で出るCO2などの温室効果ガスは、石炭火力や石油火力より少ないものの、高効率の液化天然ガス(LNG)火力発電所(コンバインドサイクル方式)並みとなっている。パーム油の製造や運搬の過程で重油などの化石燃料が使われるためだ。

 ただ、これは原料のアブラヤシの栽培時に、土地利用の変化を伴う「開発」を行わないことが前提。温室効果ガスの排出量は、栽培時に熱帯雨林の開発をすれば5倍に、泥炭地の開発をすれば139倍にも膨らむと試算されている。

 こうしたこともあってか、HISスーパー電力はHPで「原産地の森林破壊ゼロを確認します」と明記している。しかし、私の見聞で述べれば、森林破壊ゼロのパーム油があるとすれば、ゴム・プランテーションの転換か、森の先住民族が畑の一部で栽培するアブラヤシ由来くらいしかない。小農の畑にいちいちRSPO認定が出されることは考えにくく、HISスーパー電力を含め、パーム油発電を目指す会社が、どうやって森林破壊ゼロのRSPO認定油を調達するのかは喫緊の課題だ。

 HISはエコツアーにも熱心で、筆者も数年前、その担当者からマレーシア・ボルネオ島でのパーム油生産現場へのツアーの可能性について打診されたことがある。担当者は「私たちの生活に深く入り込んでいる油の生産現場で何が起きているかを伝えたい」と熱かったが、この真摯な思いとパーム油発電とはかみ合うのか。HISが今なすべきことは、環境団体と膝を交えて話し合い、どこかで妥協点を見つけることだ。

(樫田秀樹・ジャーナリスト)

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