新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

資源・エネルギー エコノミストオンライン

「石炭王」も破綻させる 全米で再エネシフトが加速=土方細秩子

マレー・エナジーHDの石炭を使っていたテネシー州の石炭火力発電所(Bloomberg)
マレー・エナジーHDの石炭を使っていたテネシー州の石炭火力発電所(Bloomberg)

 かつて米国最大の民間石炭会社だったマレー・エナジー・ホールディングス(HD)が今年10月末、連邦破産法の適用を申請し、経営破綻した。「石炭王」とも呼ばれた同社のロバート・マレーCEO(最高経営責任者)は熱烈なトランプ米大統領の支持者としても知られ、「石炭と鉄鋼産業を守る」と宣言したトランプ氏を前回2016年の大統領選では資金面からも支えた人物だ。

 トランプ大統領は今年11月、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を国連に通告するなど、地球温暖化にも懐疑的だが、実はトランプ政権下で石炭産業は縮小している。17年1月の大統領就任後、閉鎖された石炭採掘場は50を超え、今年だけでもすでに7社の石炭会社が倒産した。マレー・エナジーの倒産は米国の石炭産業縮小の象徴ともいえる。

 マレー氏は16歳から石炭鉱山で働き始め、一代で会社を立ち上げ大きくした立志伝中の人物。オバマ前政権末期に制定された水源近くでの石炭採掘を許可しない規制を、トランプ大統領が17年に撤回する手助けをしたともされる。米電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOを「政府の補助金や無排気ガスによる報奨金をもらいながら、1セントの利益も上げていない」として「詐欺師」呼ばわりしたこともあった。

 しかし、米労働省によれば、米国の石炭生産量は大統領就任直後の17年こそ7億7460万トンと、前年(7億2836万トン)を上回ったものの、18年は7億5616万トンに減少しており、19年は3億5871万トンまで激減すると見られている。また、石炭輸出量も18年には1億1500万トンだったが、20年には7550万トンに落ち込む見込みだ。

(注)発電原価は「均等化発電原価」(LCOE) (出所)ラザード
(注)発電原価は「均等化発電原価」(LCOE) (出所)ラザード

太陽光のコスト低下

 米国の石炭産業が衰退しているのは、再生可能エネルギーへのエネルギー源のシフトが要因として大きい。米エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)によると、今年8月の全米の石炭火力による発電量は前年同月比で18%減、今年は前月比でマイナス10%以上の月が6カ月となった。石炭火力が米国の発電量に占める割合は08年には48%だったが、20年には22%にまで落ち込むと予測されている。

 一方、米エネルギー情報局(EIA)によると、米国で今年4月、再エネの発電量が約680億キロワット時と、石炭火力の約600億キロワット時を初めて上回った。クリーンなエネルギーが好まれるだけでなく、太陽光など再エネの発電コストが石炭を下回るようになったことが大きい(図)。老朽化した石炭火力発電所の閉鎖も加速しており、EIAによれば10年以降、19年3月までに閉鎖された石炭火力発電所は546カ所にのぼる。

 一方、18年に新たに建設された発電所は、62%が天然ガス、21%が風力、16%が太陽光だ。天然ガスが多いのは、シェールガスの採掘で非常に安価な天然ガスが利用できるようになったためで、コンバインドサイクル(排熱を利用する複合火力)技術によりエネルギー効率も上昇したためと考えられる。つまり、トランプ大統領が石炭重視の姿勢を示しても、米国のエネルギー源は次々と低公害、無公害のものにシフトしつつある。

 その最先端にいるのがカリフォルニア州だ。米国で昨年新設された太陽光発電所の実に60%がカリフォルニア州内で、同州の再エネが発電に占める率は34%に到達、30年には60%を再エネとし、45年には100%を目標としている。カリフォルニア州の発電量に占める電源別の内訳を見ると、18年の時点で太陽光が占める割合は12%で全電力源のトップとなっている。

 過去5年で商業用太陽光発電所の数は5倍に増え、個人の家や企業などの太陽光発電パネル設置も3倍以上になった。カリフォルニア州では近い将来、太陽光発電パネルを屋根に設置する家屋が100万件を超す、と予測している。その原動力となっているのが、州内の電力会社が消費者や企業に対し、太陽光発電パネル購入などの際に実施している多額の補助金だ。

 電力会社がこうした補助金を自己負担してまで再エネの導入拡大を進めているのは、他州よりも高い水準のRPS(再エネ利用割合基準制度)があるからだ。カリフォルニア州は電力会社に対し、再エネの割合を「30年までに60%」とする野心的な目標を掲げており、目標を超過した分は「クレジット」として他の電力会社に売却することも可能になる。もとは州内の大気汚染への危機感などから始まった再エネシフトだが、再エネの発電コストが下がった今、電力会社にとって収益の源泉にもなっているのだ。

 実はこうした急激な再エネシフトこそが、カリフォルニア州を襲っている山火事の原因だ、とかみついたのがトランプ大統領だ。

カリフォルニア州で猛威を振るう山火事(Bloomberg)
カリフォルニア州で猛威を振るう山火事(Bloomberg)

環境重視が山火事に?

 カリフォルニア州では昨年に続き、今年10月にも各地で大規模な山火事が発生し、ニューサム州知事が非常事態を宣言した。これに対し、トランプ大統領は「ずさんな山林管理」を非難し、「連邦政府は(山火事に対して)これ以上の援助はできない」とツイートした。

 カリフォルニア州の昨年の山火事は、死者91人にものぼる過去最悪の被害となった。州北部に電力を供給するPG&E社の送電線が切れ、火花が出たことが原因とされ、住民団体などから損害賠償を求める訴訟が多発。PG&E社は今年1月、連邦破産法の適用を申請して破綻した。今年の山火事の原因は不明だが、再びの惨事に州内外で電力会社への不信感も高まっている。

 電力会社に対しては、再エネの普及には多額の予算を割く一方、送電線の点検や地下埋設などがおろそかになっているとの見方がある。トランプ大統領はこうした見方に乗る形で、「火災が起きるたびにニューサム知事は連邦政府に助けを求め、同じことを繰り返している」と指摘。知事が「あなたは気候変動を信じていない。この会話からは外れてもらう」と応酬していた。

 環境を守るための行き過ぎた政策が山火事の原因となり、さらに環境を悪化させる結果になったのか。それとも、山火事は地球温暖化の副産物であり、いっそう再エネにシフトすることが正しい道なのか。議論は容易には決着を見ないが、石炭離れが着実に進んでいることは疑いようがない。

(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事