球界初のユーチューバー=高木豊・元プロ野球選手/785
プロ野球界の名選手として、その名を知られた高木豊さん。現役引退後も球界を裏から支えながら、60歳の節目に始めた新たな試みは、ユーチューブで動画を配信する「ユーチューバー」としての活動だった。
(聞き手=白鳥達哉・編集部)
「台本なしで見せる“生の感情”が面白い」
「9回制、9人制などの伝統にこだわる限りこの先の成長はない」
── 高木さんが動画配信サイト「ユーチューブ」に投稿する動画が大人気です。
高木 野球に関する話題をゲストらを交えてトーク形式で語る動画です。開設から2年でチャンネル登録者数が20万人を超えました。1本10〜15分ほどの長さで、これまで50人以上のゲストに登場してもらい、総再生数は6400万回を超えました。ゲストの基準は特になく、呼びたい人のスケジュールが合えばOKという感じです。
── 配信を始めたきっかけは。
高木 若い人と触れ合う場を作りたいという気持ちがあったことですね。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やAI(人工知能)など、新たなサービス、技術がどんどん生まれていますが、それらの分野を席巻しているのは若手。彼らと交わることで、頭を柔軟にしたかった。また、これまで野球の情報発信といえば、野球教室の指導などでお金をもらう形が多かったのですが、今は情報の受け手に無料で発信する時代。無料というのも、動画配信を始めてみようと思った理由の一つです。
── 動画自体は、野球をさまざまなテーマから語っていくという正統派の内容です。
高木 配信するからには多くの人に見てもらわないとモチベーションが上がらないので、試行錯誤しながら企画を考えました。草野球に解説を付けてみたり、適当な町で元甲子園球児を見つけるまで帰れないというエンタメ的な動画も配信してみました。でも私のチャンネルの視聴者は、私の現役時代を見てきた人が多い。そういう人たちにとっては、僕の現役時代の話や、今の野球についての話題をしっかり伝えていく内容の方が反応も良かった。私自身の個性、見てくれる視聴者などの特徴を考えた結果、今の動画プログラムが出来上がったというわけです。
最初はバカにされた
── 球界でもさまざまな反応があったと思いますが。
高木 始めた当初は変な目で見られたり、「お前、何やってんだ」とバカにされることも多かったですね。でも、地道に活動を重ねた結果、ここ1年で立場は徐々に変わり始めています。球場に行くと、「豊さん、動画見てますよ」という声をもらうようになりましたし、関係者に「動画配信を始めるにはどうしたらいいの」と聞かれることもあります。
また、昨年は球団キャンプ取材もダメだったのですが、今年は球団によっては取材もできるようになりました。つい先日も、横浜DeNAベイスターズのキャンプに取材に行って、宮崎敏郎選手やラミレス監督のインタビューも配信しました。これまでは「スーパーカートリオ」が私の代名詞でしたが、今は「ユーチューバー」と呼ばれることも多くなってきましたね。
高木さんは1980年、ドラフト3位で横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。持ち味の俊足を生かして84年に盗塁王を獲得し、翌年に屋鋪要氏、故加藤博一氏という俊足巧打の選手とともに打順の1〜3番に名を連ね、「スーパーカートリオ」と呼ばれた。現役14年で通算321盗塁、ベストナイン3回、ダイヤモンドグラブ賞1回など数々の記録を残している。
── テレビやラジオ、スポーツ紙などとユーチューブの違いはどこにあるのでしょうか。
高木 旧来メディアでは時間や字数というのがある程度決められていて、話す内容も簡潔にならざるを得ません。
一方、ユーチューブではそういった制約に縛られることなく、自分の好きなように情報を伝えることができます。もちろん、従来の解説のように真面目にしっかりと野球を伝えることにも意味はあるので、役者のように場所によって役どころを切り替えていくような感覚ですね。
あとは、しっかりとノウハウを学んでいけば、ユーチューブがプロ野球選手のセカンドキャリアの一つになり得ると感じています。その意味でも、先駆者として頑張らなければいけません。
好きなように「仕切る」
── 今は、ユーチューブでタレントが動画配信を始める、いわば「プロ化」の流れが出ています。
高木 これも既存メディアにかかわる部分ですが、自分で好きなように仕切ることができるのが大きいですね。僕の動画では、ゲストに台本を渡すこともないし、リハーサルも一切しません。ゲストに突然、質問を振って、それに対してゲストが考え、悩み、慌てる様子を配信する。こうした「生の感情」を見せるのが面白い。視聴者もそういうところを本当は見たいのだと思っています。
── 既存メディアの役割は小さくなっているのでしょうか。
高木 ユーチューブとは別の長所があると考えた方がいいでしょう。一つ例を挙げるなら、「習慣化されている」という点です。朝起きたらニュースが流れ、1時間後にはドラマが始まるといったように、決まった時間に欲しい情報がしっかり手に入る。これは既存メディアの大きなメリットですね。
── 人気スポーツの多様化、少子化などの社会問題もあり、野球を始める子どもが減っています。
高木 野球は、ボールを投げる、取る、打つ、走る、とさまざまな技術を要求され、競技自体が難しいうえ、試合時間に縛りがないという問題もありますね。サッカーは2時間もあれば必ず試合が終わりますが、野球はだいたい3時間を超え、状況によってはもっとかかる。今は3時間以上も野球観戦に時間を使うなら他のことをやるという人も多いでしょうし、世の流れを見ても減っていくのは仕方がないと考えています。
── 解決するにはどんな方法があるのでしょうか。
高木 思い切って言ってしまえば、ルールを変えることでしょう。例えば、現在の9イニング制を7イニング制に変える。7イニングならプロのピッチャーが最初から飛ばして投げても、それほど打たれることもなく、2時間くらいで終わります。
── かなり大胆な改革ですね。
高木 攻撃と守備で出場選手を完全に分けてしまうのもいいかもしれません。野球は25人の登録枠がありますが、出場するのはたった9人。試合に出られない選手の方が多いというのは、他の競技から見るとかなり異質です。少年野球でも「今日は試合に出られなかった」と残念そうに帰る子どもが多い。それなら攻撃と守備で、それぞれのスペシャリストを出せば、18人がレギュラーで出場できます。これまでは、野球の人気があったから問題提起もされませんでしたが、今後はこういったことも本気で考えなければいけない。固定観念に縛られたままでは、この先の成長はないでしょう。
「アジア統一リーグ」を
── プロ野球でも、抱えている課題は山積しています。
高木 FA選手の年俸ランクによって人的補償の内容が変わる制度、コリジョンルール(本塁衝突防止)、ビデオ判定などの課題があります。
そして、ドラフト制度。ドラフト制度は完全ウエーバー制(下位チームの優遇)を採用する方がいい。今の制度は欲しい選手が重複したらくじ引きで交渉権を決めるため、弱い球団は必ずしも戦力を補強できるわけではないからです。
── 今年の東京オリンピックでは、野球の出場国枠はたったの6。世界の注目度は低いと感じます。
高木 日本ではステータスの高いスポーツなのかもしれませんが、世界的に見ると低いですね。サッカーは世界中でやっているのに、野球は世界の半分以下の地域でしかプレーされていない。野球のことを考えるなら、もっとグローバルに展開していかなければならない。そこで提案したいのが「アジア統一リーグ構想」です。
高木さんが提唱するアジア統一リーグ構想は、日本、韓国、台湾を一つのリーグにまとめようというもの。3カ国とも野球は人気があり、移動距離も米国内を移動するよりは楽で時差もない。各国球界の交流も図れる。国をまたいでドラフトができるようにすれば、最下位の球団でも戦力を整えやすくなることにつながる、と高木さんは訴える。
── 統一リーグにすれば、球団数が増えるのもメリットですね。
高木 例えばですが、韓国で4球団、台湾で2球団作ると、日本の12球団を合わせて計18球団になる。それを毎年シャッフルして6チームずつの地区別3リーグ制にし、リーグ優勝した3チームにワイルドカードの1チームを加えて「アジア一」を決める。アジア統一リーグの優勝チームと米大リーグのワールドシリーズ優勝チームが対戦して、本当の世界一を決めるのも面白いかもしれません。
息子3人はJリーガー
── 高校野球では今春のセンバツから「1週間に500球」の球数制限が試験導入されます。
高木 そのような制限を設ける必要はないと思います。何球も投げることができるのも鍛えている証拠ですから。そもそも、球数が多くなる根本的な原因は、試合日程を詰めに詰めているからではないでしょうか。プロの世界でも、投手は最低で中4〜6日は登板間隔を空けています。でも、高校野球は下手をすれば何日も連続で投げることになる。すべて大人の側の都合であり、まず過密日程を変えることが先決だと考えます。
── 夏は暑さという問題もあるのでは。対策として京セラドーム大阪(大阪市)で開催しては、という意見もよく聞きます。
高木 僕らは甲子園に憧れていたから、甲子園でやってほしいという思いはありますが、日本もこれだけ暑くなってきているので、ある程度は考えた方がいいかもしれないですね。ドームならエアコンも利きますから。日程的なことを考えても、甲子園と京セラドーム大阪を含めた3〜4球場で同時開催すれば、その分、日程を空けることが可能になります。
── 長男の俊幸氏、次男の善朗氏、三男の大輔氏は、現役Jリーガーとして活躍しています。
高木 子どものころからスポーツ全般に興味を持っていたので、野球、ゴルフ、水泳などいろいろなことをやらせましたが、最終的には3人ともサッカーという道を自分で選びました。
── 親として野球をやってほしい気持ちはなかったですか。
高木 いや、子どもの得意な道を進んでほしいと思っていました。野球で「高木豊の息子」と言われるのも抵抗があるでしょうし。僕から見ても、3人とも野球よりサッカーの素質があったので、サッカーを選んだ時は安堵(あんど)の気持ちが大きかったですね。
── 今後やってみたいことは?
高木 まずユーチューブでは、同じくユーチューブで活動している元プロ野球選手の里崎智也さん、片岡篤史さんと共に昨年末、事務所を立ち上げたので、野球以外のスポーツ分野にも広げて、どんどん盛り上げていきたいですね。個人的には、海外移住もしてみたい。ハワイや東南アジアに移住しながら仕事をして、時々は日本に帰るという生活を夢見ています。
●プロフィール●
たかぎ・ゆたか
1958年山口県生まれ。多々良学園高校、中央大学を経て、80年に横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。84年に56盗塁を記録して盗塁王に。94年に日本ハムファイターズに移籍、同年オフに引退。その後は、ベイスターズのコーチや野球解説者として活動し、2018年3月からプロ野球OB初となる、ユーチューブ配信チャンネル「BASEBALL CHANNEL by高木豊」を始めた。