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教養・歴史 小川仁志の哲学でスッキリ問題解決

社内でせきエチケットが履行されず、コロナウイルスの感染が不安です/25

 Q 社内でせきエチケットが履行されず、コロナウイルスの感染が不安です

 A 公衆衛生の分野で広く活用されている「ナッジ」という思想で説得できる

 新型コロナウイルスの感染被害が拡大していますが、政府や職場がもう少し強く指導すれば、感染を防げる気がします。とはいえ、あまりこうしろ、ああしろと言われても逆に抵抗を覚える人がいるので難しいでしょう。私の職場でも、せきが出ているのにマスクをしない人がいますが、どう対処したらいいでしょうか。強制するわけにもいかず、困っています。

(物流会社勤務・51歳男性)

 新型コロナウイルスの被害はどこまで広がるのか、先が見えない状況です。政府はこの度、小中高校などの一斉休校を要請し賛否両論が出ました。そんな中、他にもできることがあるのではと思っている人は多いのではないでしょうか。その一つがせきエチケットです。最近新幹線では、せきをする時のマナーについて電光掲示板で指示したりしています。

 ただ、あまり細かく言われると、「そんなこと分かっている」などと反発するのが人間です。では、どのように提案したらすんなり分かってもらえるでしょうか。

 そんな時に有効なのが、「ナッジ」という発想です。もともとは肘でつついたりして、それとなく気づかせるという意味の英単語ですが、アメリカの哲学者キャス・サンスティーンらは、それを思想用語に転用しました。

主体的行動を後押し

 つまり、正面切って指示すると抵抗されるので、それとなく気づかせることで、主体的に行動してもらうための知恵です。これはリバタリアン・パターナリズムといって、自由至上主義を掲げるリバタリアンが重視する個人の自律と、パターナリズム、つまり父権主義に基づく有効な介入のバランスをうまく取るための方法です。

 ナッジは今、公衆衛生の分野で広く活用されています。例えば、自律を目的とした健康増進の流れの中で、生活習慣病を予防するために食事改善を促したり、運動を勧めるという介入をするケースなど。誰でもジャンクフードは体に悪い、健康食を食べろといきなり言われたら抵抗します。が、健康食がお勧めメニューにまぎれていたら、つい選んでしまいますよね。

 公衆衛生は本来感染症対策が主たる目的ですから、今こそナッジの発想を用いることで、新型コロナウイルス対策にも役立つのではないでしょうか。マスクがかっこよく見えるファッションを考えるとか、免疫力を高める食事について話題にするとか。何より、新型ウイルスの脅威を社内メールなどで徹底させた上で、イラスト入りなどでのせきエチケットを広めてみてはいかがでしょうか。

イラスト:いご昭二
イラスト:いご昭二

(イラスト:いご昭二)


 キャス・サンスティーン(1954年~)。アメリカの哲学者・法学者。経済学者のリチャード・セイラーと共にナッジの思想を唱えた。著書に『#リパブリック』などがある。


【お勧めの本】

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン著『実践行動経済学』遠藤真美訳(日経BP社、2009年)。具体例が豊富


読者から小川先生に質問大募集 eメール:eco-mail@mainichi.co.jp


 ■人物略歴

おがわ・ひとし

 1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。

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