週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

ベイスターズから転身=五十嵐聡・全日本プロレス副社長/787

「招待されて家族と全日の試合を見た時、妻も子どもも大興奮でした」 撮影=武市公孝
「招待されて家族と全日の試合を見た時、妻も子どもも大興奮でした」 撮影=武市公孝

 いまや「チケットが取りにくい」と言われるほどになった横浜DeNAベイスターズの主催試合。正しい戦略と細かな工夫の積み重ねで観客動員数を伸ばしてきた五十嵐聡さんが、新たな舞台に選んだのは全日本プロレスだった。

(聞き手=加藤純平・ライター)

「“スポーツビジネスの法則”が生かせる」

「ジャイアント馬場さんらが築いてきた歴史と伝統が資産。手付かずの改善点こそチャンス」

── 横浜DeNAベイスターズのボールパーク部長から今年1月、全日本プロレス(全日)の副社長に就任しました。まったく畑違いの分野への転身ですね。

五十嵐 ベイスターズの観客動員数は年々増え、2019年は連日のように横浜スタジアムを満員にすることができました。また、DeNAが東芝から事業継承したバスケットボールチーム、川崎ブレイブサンダースの立ち上げにも関わり、野球とバスケを通し「こうすれば業績を回復させられる」というスポーツビジネスの法則も分かってきました。すると、どこかで「やりきった感」を抱き、次のステップを考えるようになったのです。

── 全日への転身を考えたきっかけは?

五十嵐 知り合いづてで昨年の2月ごろ、「全日が集客に困っている」と相談を受けたことです。それまでプロレスの試合は見たことがなかったのですが、その後、全日の試合に招待してもらいました。会場の雰囲気作りや選曲などにいくつかの課題を感じ、その課題を後日、会食の場で後に全日の社長になる福田剛紀さんに伝えたところ、私のアドバイスに強く共感してもらえ、「ぜひうちに来て経営してくれませんかと」と。

 ディー・エヌ・エーが親会社となった12年シーズン以降、ベイスターズの観客動員数は右肩上がりで増加を続け、18年シーズンは球団史上初の200万人超えを達成。昨シーズンは前年比12・6%増の228万人と、セ・パ両リーグ12球団でトップの伸び率を記録し、11年シーズンに比べ観客動員数は実に倍増した。 その球場運営の最前線で活躍してきたのが五十嵐さんだ。

── ベイスターズへ12年11月に入社後、どんな業務を?

五十嵐 セキュリティー(安全)やホスピタリティー(もてなし)といった運営の責任者として採用されました。初めのころに手掛けたのは、整列用などに使うプラスチック製の柵の変更です。あれを見たお客様は、せっかくワクワクして球場に来たのに、まるでおりに入れられているような感じがします。そこで、ベルトパーテーションに切り替えることにしました。

重要な「ファン参加型」

大型ビジョンで試合を楽しめる球場外のビアガーデン 横浜DeNAベイスターズ提供
大型ビジョンで試合を楽しめる球場外のビアガーデン 横浜DeNAベイスターズ提供

── 夏には球場の外にビアガーデンを設け、大型ビジョンで野球観戦できるイベントもやっていますね。

五十嵐 はい。年々、チケットが取りにくくなってきたこともあり、球場の外でも楽しめるイベントがあってもいいのでは、という発想です。試合を盛り上げるMCやチアガールのパワーアップ、球場演出の充実なども積極的に仕掛けていきました。思い出深いのは、試合に勝った後に、グラウンドから直接花火を上げる「ビクトリー・セレブレーション」。満員のスタジアムがまさに一体化した瞬間を感じることができました。

── 一連の取り組みから得た「スポーツビジネスの法則」とは?

五十嵐 イベント成功には二つの要素が重要です。一つ目が「ファン参加型イベント」。例えば、球場の中で一番ダンスがうまい人を決める「ハッピースター☆ダンスコンテスト」。観客が参加でき、大型ビジョンに映し出されるので、とても盛り上がります。また、観客が実際のグラウンドでフライのキャッチにチャレンジする「ドッカーン! フライキャッチ」なども人気です。二つ目の要素は「ファンが(何かを)享受できること」。例えば、フライキャッチでは成功すれば挑戦者が賞品をもらえるだけでなく、来場者全員を対象にビールが半額になるといった特典を用意しました。こうした取り組みによって、球場が一体となって盛り上がれることが重要です。

 大学まで野球漬けだった五十嵐さん。新卒で01年、スポーツ用品販売大手のゼビオに就職。店舗ナンバー2の立場でららぽーと船橋店の立ち上げも任された。そんな五十嵐さんの運命を大きく変えたのが、星野リゾートの星野佳路代表を取り上げたNHK番組「プロフェッショナル」(06年1月放送)。「やりたい人に仕事を任せる」「管理職は立候補制」などのシステムに引かれ、五十嵐さんは星野リゾートに飛び込む。

ホテル支配人の経験

── 星野リゾートではどんな経験を?

五十嵐 28歳の時にリゾートホテル「星のや軽井沢」(長野県軽井沢町)の支配人になりました。ここでは従業員1人が複数の業務をこなす「マルチタスク」を強く推進します。一般的に「分業制」は効率がいいとされますが、観光業では生産性を落とす原因。例えば、接客スタッフは朝の業務が終わると、清掃スタッフにバトンタッチし、15時に始まるチェックインまで中抜けしなければなりません。

── 確かに、合間の時間が手持ち無沙汰では非効率ですね。

五十嵐 しかし、1人のスタッフが清掃も行えば、早番と遅番に分けることができ、拘束時間が短くなる。そして、お客さまが最も長く過ごす客室にスタッフが手を入れることで、客室をどのように使っているかとか、不満足を感じている点など、お客さまの情報を直に得ることができます。間違いなく次の接客にも生かせますよね。このマルチタスクは、それまで誰も手を付けていなかった料理の盛り付けにまで範囲を広げました。

── 星野リゾートでの仕事にやりがいはあったのでは?

五十嵐 ただ、32歳の年に島根県出雲市にある「星野リゾート 界」の総支配人にならないかと打診された時、とても迷いました。引っ越しは家族にも負担がかかるうえ、年齢的にも今後の人生について悩んでいた時期でもありました。本当にやりたいことは何かと考えた時に、スポーツに関わりたい気持ちが出てきたのです。しかも、自分のバックボーンは野球。働くなら業界の頂点にあるプロ野球だと決心を固めました。

── 西武ライオンズに入社したのは12年2月ですね。

五十嵐 当時はちょうど、各球団が球場改革を進めているタイミングでした。そこで、グループにプリンスホテルがある西武だったら、僕が取り組んできたことが理解されやすいのではと考え、社員は募集していなかったものの、球場の改善点をプレゼンして採用してもらいました。西武では警備会社のスタッフから観客によく聞かれる質問を1日一つずつ集め、それをクリアすることで観客の満足度を上げる取り組みなどをしていました。

── その9カ月後にはベイスターズへ転職します。

五十嵐 友人を通じてベイスターズの管理本部長と会う機会があり、そこで誘ってもらったのです。決め手はなんといっても経営のスピード感。星野リゾートでは一定の裁量権が現場に与えられており、素早く動くことができていました。ベイスターズにはその時のスピード感に近いものを感じ、強く引かれました。

再び盛り返した人気

東京・後楽園ホールのリング上で拳を上げる五十嵐さん(左から2人目)。左から1人目はヨシタツ選手、3人目は秋山準選手 全日本プロレス提供
東京・後楽園ホールのリング上で拳を上げる五十嵐さん(左から2人目)。左から1人目はヨシタツ選手、3人目は秋山準選手 全日本プロレス提供

 五十嵐さんが移ったプロレス界は今、人気を盛り返している。時にアクロバティックな、時に熱いファイトで観客を魅了するだけでなく、華やかな会場の演出、個性豊かな選手たちのマイクパフォーマンス、ステージの裏側で繰り広げられる選手間のストーリー──。1990年代以降、徐々に下火になっていたが、ここ数年は若い女性や子どもたちにもファン層が拡大。その中心となっているのは、全日と長く人気を二分してきた新日本プロレス(新日)だ。

── これまでの経験は全日で生かせそうですか。

五十嵐 全日はベイスターズに似ている、そしてこれまで培ってきたやり方が通用すると思いました。ベイスターズが掲げるコーポレートアイデンティティーに「継承と革新」があります。大洋ホエールズから始まった70年以上の歴史をしっかりと継承しつつ、変えるべきものは変えていく、という考え方です。全日もジャイアント馬場さんやジャンボ鶴田さんをはじめ、国民的なレスラーが多数いた歴史と伝統がアセット(資産)として残っています。革新すべき点は手付かずのままですが、そこに十分チャンスがあります。

── 具体的にはどう取り組んでいきますか。

五十嵐 私のミッションは二つ。まずはリーダーとして会社を引っ張り、現場をしっかりマネジメントすること。そして、二つ目が業績を立て直すこと。特に二つ目にはかなり本腰を入れないといけません。そこで、まずお客さまを四つの層に分けました。(1)全日のファン、(2)プロレス全体のファン、(3)主に40代以上の過去にプロレスを見ていた休眠層、(4)新規──です。短期的には、(1)と(2)の層がメインターゲット。魅力的な対戦カードを用意すれば、足を運んでもらえると感じています。

── ベイスターズの球団運営にはデータ分析を多用していると聞きます。全日での活用の余地は?

五十嵐 もちろん活用していきたいのですが、データはチケットを販売するプレイガイドが持っていて、実は顧客データが手元にほとんどない状態です。これはベイスターズをTBSから引き継いだ時にも同じ状況でした。ベイスターズでは今、チケット販売システムを自社で運営し、今では8割以上のチケットが自社経由で購入されています。これにより購買層のデータが獲得でき、的確なマーケティングにもつながりました。

中日ともコラボ企画

── 全日でも自前のシステムを手がける方針ですか。

五十嵐 そうしたいですね。また、すでにあるファンクラブのテコ入れを考えており、会員限定特典の充実や携帯アプリとして提供することで利便性を上げる予定です。忘れてはいけないのが、動画配信サイトのユーチューブの活用です。新日はユーチューブにチャンネルを開設し、動画投稿にもかなり力を入れていますが、我々は試合のダイジェストがメイン。専門チームを新たに組織してパワーアップさせたいと思っています。

── 他のスポーツや業界とのコラボレーションは?

五十嵐 実は今、中日ドラゴンズと企画を練っています。例えば、全日の試合にマスコットキャラクターのドアラが来てくれたり、逆にうちの選手が始球式に登場したり。球場にリングを組んでもおもしろいかもしれない。もちろん、古巣のベイスターズとも何か仕掛けられたらと思っています。直近の話題では、今年2月に公開されたホラー映画「犬鳴村」と全日がコラボし、取材会見に人気選手が参加しました。

── プロレスのファンといえば熱心なイメージもありますが、ファンの反応は?

五十嵐 今年1月2日に東京・後楽園ホールのリング上で副社長就任を発表し、試合会場でも声を掛けられる機会が増えました。これはベイスターズ時代にはなかったことです。声掛けは私に対する期待の表れでもあり、身の引き締まる思いですね。「五十嵐が来ても結局何も変わらないじゃん」と言われることがないよう、頑張りたいと思います。


 ●プロフィール●

いからし・さとし

 1978年6月生まれ、新潟県出身。2001年上武大学商学部卒業後、ゼビオ入社。07年星野リゾートに入り、「星のや 軽井沢」支配人などを経て12年、西武ライオンズ入社。副球場長を務める。12年横浜DeNAベイスターズ。14年11月からボールパーク部長、18年1月からDeNA川崎ブレイブサンダースのアリーナオペレーション部長も兼務。20年1月オールジャパン・プロレスリング(全日本プロレス)取締役副社長就任。41歳。

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