新型コロナ不況が襲う「風俗業界」をどう救うのか=坂爪真吾・一般社団法人ホワイトハンズ代表理事/788
風俗店で働く女性の無料生活・法律相談や、重度身体障害者に対する性介助サービスなどを行う坂爪真吾さん。顧みられることのなかった弱者の「性」を直視し、オープンに議論できる社会を作ろうと奮闘中だ。
(聞き手=北條一浩・編集部)
「孤独に悩むな。“性”はみんなで語ろう」
「女性が風俗以外で稼げればもちろんいい。それが困難な以上、安全で働きやすくしたい」
── 昨年12月刊行の『性風俗シングルマザー』(集英社新書)は、副題が「地方都市における女性と子どもの貧困」。複数のキーワードが出ているように、多重化する困難が取り上げられています。
坂爪 この本の「地方都市」は、私の出身地でもある新潟市のことです。人口の減少や格差、不況、貧弱な行政など、首都圏に住んでいる方々にはニュースや概念でしか捉えられていない事柄も、地方都市では一気に現実として噴出します。
── 風俗店で働く女性たちが何人も登場しますが、風俗店で働くことで卑屈になることもなく、ある種の「強さ」を感じます。
坂爪 新潟市では執筆当時、最低時給が830円でした。首都圏に比べて相当低い。その点、デリバリーヘルス(客のいる自宅やホテルに行き、性的サービスを行う無店舗型の業態)であれば、少なくとも1時間当たり5000〜6000円は自分の収入になります。しかも風俗店の場合は働きたい時間帯や働く長さも融通が利きます。そこも大きなメリットだと思います。
── 妊娠したことを相手の男性に知らせず、別れた後に一人で自宅出産した女性の話には驚愕しました。
坂爪 新潟市内だけで、自宅で一人で出産する女性は、年間6〜7人はいるというデータがあります。行政、民間含め相談窓口はいろいろあるのですが、そもそも「相談する」という概念がない人がいます。
「風テラス」を運営
── どうしたらいいでしょう。
坂爪 チャンスは必ずあるんです。一人で産んだその女性も、一度は医者に行っているし、店長からも「妊娠しただろ?」と突っ込まれている。いくつか接点はある。そのどれかの段階で適切なアプローチがあれば、自宅で産まずに済んだかもしれません。だから私たちは、相談窓口をもっと可視化し、気軽に相談できるようにしていく努力をしなくてはなりません。
障害者や高齢者の性、性風俗産業、JK(女子高生)ビジネスなど、性の分野が多くの人が目を背けるさまざまな社会課題の集中する場所になっていることに着目する坂爪さん。それらの現場の声をすくい、分析・言語化して解決の仕組みを作るため、2008年にホワイトハンズを新潟市で立ち上げた。ほぼ坂爪さん1人で運営し、その都度ケアスタッフや弁護士と組んで活動する。
── ホワイトハンズでは、風俗店で働く女性に対して無料で生活や法律相談に応じる「風(ふう)テラス」も運営していますね。各地で相談会を開いたり、メールやLINEなどでも受け付けています。
坂爪 事業を始めてから4年とちょっとで累計1600件ほどの相談を受けましたが、最も多い相談は店側とのトラブルや借金、そこから来る生活苦ですね。店側とモメるのは「辞めさせてもらえない」「辞めたのに私の写真をホームページから削除してくれない」といったケース。事案に応じて弁護士とチームを組み、トラブルがあった風俗店と交渉したり、借金の状況を調査して返済プランなどを計画したりします。
── 相談内容の変化などは?
坂爪 風俗店もだんだん稼げなくなってきています。客が来ないんです。そして新型コロナウイルスの感染拡大によってさらにヒマになってしまい、出会い系のアプリケーションなどを自分のスマートフォンに入れ、店を介さずに客を取ることでトラブルになる事案も増えました。個人売春は危険度が高いです。そういう意味では、体制のしっかりした店で働いているほうが絶対に安全です。
「自分探し」の社会学
── 風俗店で働くことの是非には、踏み込まないスタンスです。
坂爪 風俗以外の仕事でもっと稼げる社会になればもちろんいいと思います。しかし現実には雇用を増やすのも賃金を上げるのも難しいですよね。だったら今、女性たちが働く現場を少しでも安全で働きやすい環境にすることのほうが大切です。
過剰な自意識や劣等感を抱き、孤独にさいなまれた高校時代を過ごした坂爪さん。性への衝動や異性とうまく関係を築けなかったことも自身を苦しめた。1浪後、一念発起して東京大学受験を決意。2次試験が英語と小論文だけの後期日程に的を絞り、突破に成功した。文学部に進学すると、ジェンダー研究などで知られる上野千鶴子教授(社会学)のゼミに所属。坂爪さんが研究の対象に選んだのは、性風俗産業とそこで働く人たちだった。
── 性風俗産業を体当たりでリサーチしていたそうですね。
坂爪 正面から研究のためのリサーチとお願いしても、どこも受けてくれるわけはないので、お金を払って最初は客として行くんです。アルバイトで30万円くらいためて、10軒ほど行きました。当時は待ち合わせ場所なども工夫して臨む「恋人プレイ」というのが流行していて、なぜそうしたプレイが流行するのかといった研究を主にしていました。
── そもそも社会学に関心があったのですか。
坂爪 高校生のころ、(社会学者の)宮台真司さん(首都大学東京教授)の著書にハマりました。宗教みたいなものです(笑)。私も含めて同世代の人は、社会を分析したくて社会学を志したというより、ある種の「自分探し」みたいなモチベーションで近づいた人が多い気がします。一人で考えてもよく分からないから、一度社会に出て、調べて、社会の中での自分の位置づけを探ってみるんです。
── 宮台さんといえば、オウム真理教や援助交際についての分析で知られます。
坂爪 上野ゼミに入ったら、自分以外に“宮台信者”がもう1人いました。それが、東京電力福島第1原発の事故後、『「フクシマ」論』(青土社)を書いて話題になった開沼博さん(現・立命館大学准教授)。意気投合して「宮台ゼミに潜りに行こうぜ」と、宮台さんがいた当時の東京都立大学まで一緒に行っていました。開沼さんは当時、集団強姦事件を起こした早稲田大学のサークル「スーパーフリー」の研究をしていたはずです。
── 上野ゼミってずいぶん自由なんですね。
坂爪 ちゃんとした研究になってさえいれば、対象はなんでもOKでした。なにしろ東大の中でも「保健室」と呼ばれていた場所でしたから。いろいろ病んだ人間が集まってきては、話を聞いてもらって立ち直っていく(笑)。
障害者の射精介助
── 現在の事業につながる着想は、上野ゼミ当時からあったのですか。
坂爪 風俗と社会学のことばかり考えていた21歳のある日、「性産業の社会化を実現するにはどうしたらいいか?」という問いがひらめきました。性は個人の人生をも左右する強烈な魔力を持っていますが、これまで夜の世界だけで活用されてきました。それを、社会学的な枠組みを使って、昼の世界でも市民権を得られるような社会性のある形にできないかと思ったんです。同時に、これは自分にしかできない仕事だと感じました。
「潔白」や「無実」を意味する「ホワイトハンズ」。後ろめたい思いとともに隠されていた性の問題を明るみに出して罪のない存在にし、それぞれが孤独に悩まず、もっと公共の場で議論して考えていこうという狙いが込められている。その活動は幅広く、脳性まひで手足が不自由になったりした男性の重度身体障害者を、ケアスタッフが射精介助するサービスも手掛けている。
── 「射精」介助は、坂爪さんの大切な事業の一つですね。
坂爪 男性にとってすべての性行為の原点であるにもかかわらず、これまで「射精」の意味や質について、真剣に考えてはこられませんでした。しかし、他の男性たちがセックスや自慰行為で当たり前のように射精しているのだから、障害のある人にも当然その権利があると考えたわけです。
── 男性の「性」については17年、『見えない買春の現場』(ベスト新書)を書いていますね。
坂爪 買売春では、「売る側」の女性がテーマの本はたくさん書かれていますが、「買う側」の心理も知らなくては、と思い、買春者の男性に話を聞いて回ったものです。社会学の基本の「キ」として「価値自由」という言葉があります。「自分の価値判断はとりあえず置いておけ」という意味で、相手の言葉を評価、批判せずに虚心に聞くことを心がけています。自分とまったく価値判断の違う人の話も聞いて分析します。
── これまでの研究や調査で、日本人の性に特徴的な傾向や問題点はありますか。
坂爪 セックスレスですね。さまざまな国の夫婦間の性交渉について頻度を調べると、日本はダントツに低いんです。日本の夫婦のおよそ半数はセックスレスと言われています。いっぽうで、AV(アダルトビデオ)はものすごい数出ているし、性風俗の店も多い。実はある時期、「童貞」と「セックスレス」について海外メディアから頻繁に取材を受けたことがありました。
── 日本の状況が海外から関心を持たれている?
坂爪 私なりの推測ですが、自分たちの国もいずれ日本のようになるんじゃないかという危機感が背景にあるんじゃないかと思います。性はコミュニケーションですから、経験を重ねて探求していくしかないんですね。最初はうまくいかなくて当然なわけで、日本では決まったパートナーと長い時間をかけて豊かなものにしていこうという文化が育っていないのではないでしょうか。また、そういう教育もなされていません。
SNS時代の懸念
── 今後取り組みたいことは?
坂爪 次に準備している本は、「ツイッター・フェミニズム」が仮題です。昨今、日本でもフェミニズム関連の本が多く読まれるようになりました。男性優位の社会を是正する動きが出ているのは素晴らしいことです。一方で、ツイッターをはじめSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上での広がりなどを見ていると懸念もあるんです。
── どのような?
坂爪 例えば「#MeToo」(ミートゥー)と呼ばれる運動があります。虐げられてきた女性が勇気をもって告発した際、「私も!」と同様の体験をした女性が手を挙げ、共感と支援の輪が広がっていく。これがツイッターなどで行われると、告発の真偽がまだ定かでない段階から、壮絶な加害者たたきや炎上が始まってしまうケースが増えていると感じています。SNSは特に、感情的な言葉が飛び交うことが多いので注意が必要です。
── また、新たなテーマへの挑戦ですが、「性の公共をつくる」という基本線はずっと追求していくことに変わりはないのですね。
坂爪 はい。上野先生に学んだ者として、上野先生以降の社会学の若手があまり出てきていないことを憂えています。僭越(せんえつ)ながら、上野先生が取り組んできたセクシュアリティー(人間の性のあり方)、ジェンダーの探求は、私が引き継ごうと勝手に考えています。
(本誌〈ワイドインタビュー問答有用:「性の公共」をつくる=坂爪真吾・一般社団法人ホワイトハンズ代表理事/788〉)
●プロフィール●
さかつめ・しんご
1981年、新潟市生まれ。2005年東京大学文学部卒。08年ホワイトハンズを設立し、代表理事に。風俗店で働く女性の生活・法律相談に応じる「風テラス」の運営や、重度身体障害者への射精介助サービスなどの事業を行っている。14年度社会貢献者表彰。『性風俗のいびつな現場』『セックスと超高齢社会』『「身体を売る彼女たち」の事情』など、性を巡る著作多数。