週刊エコノミスト Online コロナ
新型コロナが感染拡大する米国 インフルとの厳しい“二正面作戦”=大西睦子
世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、米国でも感染が拡大している。米疾病対策センター(CDC)によると、3月9日時点で感染者は423人となり、19人が死亡している。一方、米国ではインフルエンザも蔓延(まんえん)しており、今シーズン(2月29日まで)で少なくとも2万人が死亡したと推定。米国の感染症対策は厳しい二正面作戦を強いられている。
米国では西部ワシントン州、カリフォルニア州や東部ニューヨーク州などで新型コロナウイルスの感染が拡大しており、ニューヨーク州のクオモ知事は3月7日、感染者が州内で76人に急増したとして、非常事態宣言を出した。また、カリフォルニア州では乗員乗客約3500人を乗せて停泊中のクルーズ船「グランド・プリンセス」でも感染が広がっている。
米国では当初こそ新型コロナウイルスを水際で防止できているように思われていたが、2月下旬から各地で相次いで感染が確認されるようになり、初動の深刻な問題が浮き彫りになっている。まず、CDCは2月、各州の研究所に数百の検査キットを出荷したが、その後にキットの欠陥が判明。そのため、全米からアトランタのCDCにサンプルを送らなければならず、結果を得るまで最大48時間の遅れが生じることになった。
予算削減の余波
さらに、CDCは検査基準を制限した。CDCの基準では2月27日まで、中国へ渡航歴があり症状のある人と、新型コロナウイルスに感染した患者と接触した可能性のある人のみが検査を受けられた。その後、CDCはガイドラインを変更し、入院が必要なほど重篤な状態の患者を含めるようにした。しかし、軽度の症状を示す患者や、イタリアやイランなどの症例数の多い国に旅行した人は検査を受けられないこともあった。
米ジョンズ・ホプキンス大学救急医学准教授のローレン・ザウアー博士は、『ニューヨーク・タイムズ』紙に「検査基準が厳しすぎて、検査を受けられない」「多くの同僚から、検査が却下されたと聞いた」と話した。CDCは結局、3月2日までに500以下の検体しか検査していなかった。米誌『ビジネスインサイダー』はその背景に、CDCの準備不足の原因に資金不足を指摘している。
トランプ政権は2018年、CDCのグローバル疾病対策予算を削減し、21年はCDCの予算の16%削減を提案している。新型コロナウイルス感染の拡大を受け、トランプ大統領は3月6日、83億ドル(約8550億円)の緊急予算を盛り込んだコロナウイルスの対策法案に署名し、法律が成立した。
トランプ大統領が新型コロナウイルス対策責任者に指名したペンス副大統領は3月3日、「どんな米国人も検査することができる」と述べるなど、米国民の不安払拭(ふっしょく)に懸命だ。また、CDCも4日、検査について「症状のある患者の広いグループに拡大」という新しいガイダンスを発表した。しかし、ペンス氏はインディアナ州知事時代、HIV(エイズウイルス)感染拡大の防止に失敗しており、米国民の不信感は募っている。
昨夏から「B型」流行
米国では今シーズン、インフルエンザの流行も深刻で、CDCは少なくとも3400万人の米国人がインフルエンザにかかり、そのうち35万人が入院したと見積もっている(2月29日まで)。 今シーズンの特徴は、昨年夏の異常に早い時期からB型インフルエンザの感染が広がり、子どもや若者を襲っていることだ。特に0~4歳の乳幼児の入院率は10万人当たり84・9と 、09年の大流行期を超えている。
よく知られているように、インフルエンザウイルスにはA型とB型の2種類があり、B型インフルエンザは山形系統とビクトリア系統の二つの系統がある。一般的に、A型インフルエンザは、季節性インフルエンザ全体の75%を占め、残りの25%はB型インフルエンザだ。また、A型インフルエンザが流行するのは12月から3月で、その後B型インフルエンザが2月ごろから始まり、5月から6月まで続くことがある。
しかし、米国では今シーズン、昨年の夏からルイジアナ州ニューオーリンズでB型インフルエンザの流行が始まっており、特に子どもに感染が広がっていた。早い時期からのビクトリア系統のB型インフルエンザ流行は約30年ぶりで、ビクトリア系統B型インフルエンザは例年、ウイルスの10%未満であるのに対し、今シーズンは一時、約60%も占めていた。
なぜB型インフルエンザが広がったかは明らかでない。また、今シーズンに死亡した小児(18歳以下)のうち87人がB型インフルエンザ、残りの38人はA型インフルエンザにかかっていたが、B型インフルエンザが子どもにより深刻な影響を与える理由も不明だ。一部の専門家は、B型インフルエンザは他のインフルエンザ株ほど変異しておらず、おそらく高齢者は以前に感染したためにある程度の免疫があると考えている。
5月まで継続の恐れ
CDCは、生後6カ月以上のすべての米国民にワクチンの接種を推奨しているが、18~19年シーズンの米国におけるインフルエンザワクチン接種率は、18歳以上で45・3%、65歳以上は68・1%だった。17~18年シーズンと比較して、すべての年齢層で接種率は高まったが、まだまだ推奨目標には達していない。過去のシーズンでは、インフルエンザで死亡した子どもの大半が予防接種を受けていなかった。
米国では例年、インフルエンザで2万~5万人が死亡し、昨シーズンはA型インフルエンザ(H3N2)の流行によって高齢者を中心に約3万4000人が死亡したとみられる。CDCは今シーズン、基礎疾患の少ない子どもに早い時期からB型インフルエンザが流行したことで、例年に比べインフルエンザ関連の入院や死亡は全体として少なくなるとみている。
しかし、インフルエンザウイルスの活動性は依然として高い水準にあり、今シーズンは4~5月まで継続する可能性がある。さらに、新型コロナウイルスの検査数が増えれば、感染者数も激増する可能性があり、医療機関の対応余力にも限界がある。予断を許さない状況は当面続くことになりそうだ。
(大西睦子・米ボストン在住医師)