週刊エコノミスト Online

新型コロナが日銀を債務超過に追いやる理由=木内登英

    新型コロナ・ウイルスにより市場では連日大荒れの展開がつづく中、日銀は現在約6兆円のETF購入枠の拡大を検討しているとも報道されています。

    しかし日銀によるETF購入にはさまざまな問題が指摘され、最悪の場合日銀が債務超過に陥るとも言われています。

    2012年から5年間、日銀審議委員をつとめた野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏に、政府と日銀の複雑な事情を解説していただきました。

    日銀を縛る「政治」という足かせ・・・

    金融危機が再び生じた際に、金融政策によって対応する余地が日本銀行にはほとんど残されていない。

    しかし、効果が期待できるかどうかは別にして、実際には、経済・金融情勢が大きく悪化すれば、小幅な追加緩和措置の実施を日本銀行が強いられる可能性は高いだろう。実施を見送れば、政府や国民から強い批判を浴びるからだ。

    そのため、その追加緩和措置は証拠作り、アリバイ的であり、「やった振り」の性格が強くなるのではないか。

    日本銀行が追加緩和措置を実施する場合には、2016年9月にイールドカーブ・コントロールを導入した際に示した、4つの手段が検討されるだろう。

    4つの手段とは、①短期政策金利の引き下げ、②長期金利操作目標の引き下げ、③資産買入れの拡大、④マネタリーベース拡大ペースの加速、である。

    日本銀行が念頭に置いている緩和手段の優先順位も、この順番に沿っているだろう。

    ここでの③資産買入れとは、ETF(指数連動型上場投資信託)などのリスク資産を指す。

    イールドカーブ・コントロール導入の時点で、安全資産である国債の買入れ額は、政策目標から外されたためだ。追加緩和手段としては、国債買入れ額の増加は最後の手段だと日銀は位置づけるだろう。

    それでも、④マネタリーベース拡大ペースの加速、という手段を選択する場合には、イールドカーブ・コントロールを廃止したうえで、再び国債買入れ増加額ペースとマネタリーベースの増加額ペースに目標値を設定し、両者を現状よりも拡大する措置をとることになろう。

    金融機関の収益、金融仲介機能への悪影響に配慮しつつも、日本銀行は、①短期政策金利と②長期金利操作目標の同時引き下げ、の実施を検討するのではないか。

    しかし、2016年1月に決定されたマイナス金利政策導入後の国民からの強い不信感と反発を強く記憶している政府は、国債発行増額をともなう財政出動との協調策として、日本銀行に国債買入れ増加ペースの再拡大、つまり④の政策手段を求めてくる可能性は、比較的高いのではないか。

    これは、国債市場の流動性を1段と低下させ、国債市場の混乱、ひいては世界の金融市場の混乱に繋がりかねない、非常に危険な選択肢であることは、前回の記事において議論した通りだ。

    それでも「ETF買入れ増額」を「強行」したらどうなるのか

    金融危機で株価が大幅に低下する場合には、日本銀行は③資産買入れ、つまりETFなどのリスク資産の買入れ増額も検討するだろう。

    ただ単独の実施では、金融緩和策としてあまりに小粒であり、また株価対策の色彩も強くなってしまうことから、他の追加緩和措置と同時に実施される、いわば合わせ技となるのではないか。

    ETF買入れ策の問題点については、既に広く認識されているところであり、大幅なETF買入れ増額は難しいのではないか。

    ETF買入れに関わる主な問題点を整理してみると、その第1に中立性の問題があげられる。日本銀行から個別企業に対して、恣意的な資金配分が行われることが懸念される。

    第2は、日本銀行の財務の健全性への影響である。

    他の政策手段に比べて損失発生の可能性が高く、また損失発生により日本銀行の財務の健全性を大きく損ね、ひいては通貨や金融政策への信認を損ねてしまうおそれがある。

    また損失発生の場合、国費の投入が必要になるため、最終的に納税者の負担が生じる可能性が相対的に高いことが問題である。

    第3は、市場機能への悪影響である。

    同施策は、当初は市場機能の回復を目指して導入されたが、日本銀行による買入れへの過度の依存が生じれば、それが逆に市場機能の1層の低下を招くという弊害がある。

     ちなみに、こうした問題を抱えるETFなどリスク資産の買入れは、日本銀行の通常の業務としては認められていない。あくまでも例外的措置として、財務大臣らの認可が必要とされる扱いとなっているのである(※)。

    海外においても同様に規制されており、たとえば米国においては、FRBが公開市場操作で売買できる金融商品は、政府並びに政府関係機関が発行した証券、あるいはそれらが保証した証券に限られている。

    上記のような多くの問題点を考慮すれば、リスク資産の買入れが、中央銀行の通常の業務として妥当でないとされるのは当然のことだろう。

    しかし実際には、そうした例外的扱いであるはずの措置が、長期化、常態化してしまっているのが現状である。

    ※  日本銀行法、第43条(他業の禁止) 「日本銀行は、この法律の規定により日本銀行の業務とされた業務以外の業務を行ってはならない。

    ただし、この法律に規定する日本銀行の目的達成上必要がある場合において、財務大臣及び内閣総理大臣の認可を受けたときは、この限りでない。」

    「日銀が債務超過に陥る日」は来るのか?

    日本銀行のETF買入れ策は、当初こそ、株価を支える効果が前向きに評価された面もあったが、現状では、その弊害を指摘する向きの方が多いだろう。

    日本銀行の大量株式購入の結果、株価が経済ファンダメンタルズを反映しなくなることで、株式市場の「価格発見機能」が低下し、経営者が株価動向から経営課題を発見する機会が失われるという、企業統治上の問題を指摘する市場関係者の意見も多い。

    また、市場に流通する株数(浮動株)が減少することで、市場流動性の低下が市場のボラティリティを上昇させることを懸念する意見が、とくに最近では数多く聞かれるようになっている。

     日本銀行が多くの企業の株式を保有することで、市場で実際に取引される浮動株(安定した株主が保有している株式ではなく、市場で幅広く流通し、売買されている株式)が減少し、市場の流動性が低下する。

    その結果、市場における価格形成が歪み、あるいは価格の変動が著しく高まることなどが懸念されている。

    他方で、株価が大きく下落する際には、日本銀行の収益が大幅に悪化し、債務超過の状態に陥るという、日本銀行の財務の問題も深刻だ。

    日本銀行が保有するETFは、2019年9月末時点で27・6兆円(簿価)だ。

    日本銀行が保有するETFには原価法が適用されており、現在は相応の含み益(時価が簿価を上回る部分)が生じている。

    しかし、ひとたび株価が大幅に下落し、日本銀行が保有するETFの時価が、簿価を3割以上下回るような場合には、減損処理がなされる。

    日本銀行が保有する簿価27・6兆円のETFの時価が、簿価を平均で3割下回るケースを考えてみよう。この際には、日本銀行に8・3兆円の損失が生じる。これは、2019年末時点で9・2兆円の、日本銀行の自己資本の大半が失われる結果になる。

    株価がさらに低下すれば、日本銀行はそれだけで債務超過に陥るのだ。

    (書籍『世界経済、最後の審判』より抜粋)

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