監査法人の交代 トーマツ、監査先の選別が鮮明=伊藤歩
やはりトーマツが監査先企業の選別に動いているといううわさは事実だった。
2018年3月20日から今年3月19日までの約2年間で、監査法人が交代した上場会社のうち、4大監査法人が絡んだ事例は全部で163件ある。このうち、4大法人が監査先を喪失した事例は149件あり、その5割強にあたる77件がトーマツ。EY新日本は45件、あずさは20件、PwCあらたはわずか7件と、他の3法人に比べて突出して少ない(表)。特集:コロナ不況 残る会計士 消える税理士
トーマツが手放した監査先は中堅規模の上場会社が大半だ。その一方で、新日本からキヤノングループ3社、あずさからリコーグループ2社の獲得に成功するなど、大企業の獲得には余念がない。かねてから監査業界内でささやかれてきた「トーマツは効率の悪い中堅以下の規模の企業の監査を降り、効率が良い大企業にシフトしようとしている」といううわさを裏付ける形になった。
かつて上場会社が開示する監査法人交代のリリースは、実に無味乾燥だった。会計処理を巡る対立があったり、担当会計士の粗相で会社側を怒らせていたりと、さまざまなドラマがあっても、リリースは「任期満了に伴う交代」の一言。読んだ側が腹にすとんと落ちるのは、親会社と監査法人を統一する場合くらいだった。
潮目が変わったのは昨年1月。金融庁の「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会」が、交代理由で実質的な内容を記載するよう提言した。
これ以降、若干開示は進み、ほとんどの会社が監査法人から報酬の値上げ要請があったことを記載するようになった。行間を読むためのヒントらしきものが書き込まれるようにもなった。「新たな視点からの監査に期待」といった表現からは、会計処理で折り合えなかった可能性を想像できたりする。
地方企業が監査法人の支店統合を機に、4大法人から地元監査法人に乗り換えた例もある。地理的に離れていては機動性が落ちるということだろう。
目を引くのは、4大監査法人から別の4大監査法人に変更する理由に、会社側が「海外対応」「IFRS(国際会計基準)対応」を挙げているケースだ。4大監査法人はいずれもグローバルネットワークが売り物なのだから、担当会計士が能力不足だったと言っているも同然だ。
人手不足が理由に
風評リスクを恐れることなく、報酬水準や手間ひまを理由に、監査法人側から更新を拒絶されたことを明記する例も、数は少ないながら出てくるようになった。トーマツから更新を断られたことを明記した会社は4社あり、1社は不適切会計が発覚し、信頼関係が崩壊したことによるものだが、残る3社はすべて「人手を確保できない」である。
トーマツが手放した77件の監査先を引き受けたのは、主に準大手と他の4大法人。準大手の筆頭格・太陽は最も多い14件。仰星が6件、PwC京都が5件、三優が4件、東陽が3件と準大手5法人合計で32件。4大法人はあずさが8件、あらたが7件、新日本が4件、計19件。3分の2は準大手と他の4大法人が引き受けた計算になる。
中堅規模の優良企業が市場に放出されるということは、準大手以下の監査法人にとっても商機であることは間違いない。それだけに、準大手以下の監査法人の品質向上は喫緊の課題と言えるだろう。
(伊藤歩・ジャーナリスト)