経済・企業

今さら聞けない!コロナ対応でも話題の「行動経済学」の基本(後編)=松本健太郎(データサイエンティスト&マーケター)

リチャード・H・セイラー米シカゴ大学=2017(平成29)年10月9日、米シカゴ(ロイター=共同)
リチャード・H・セイラー米シカゴ大学=2017(平成29)年10月9日、米シカゴ(ロイター=共同)

「前編」より続く)

「本人にとっては正しい」ヒューリスティックスとは何か?

ものすごくザックリ説明すると、理屈も筋も通ってないけど、本人だけは正しいと思っている直感的な意思決定をなぜ下すかを示した理論です。

通常であれば、数字を集めて計算したり、様々な情報を収集して考えたり、論理立てて、じっくり時間をかけて合理的な意思決定が行われます。

しかし、全ての意思決定において、それらをやっていると脳が爆発します。少なくとも疲れる。

例えば今日はどんな服着る? 昼飯何を食べる? 家の外を出るのは右足、左足? 仕事は何から始める? 日常における意思決定の数を挙げたらキリがありませんよね。

自分の中で優先順位も高く、自分の意志で決めたい場合を除いて、脳はヒューリスティックスと呼ばれる直感的な意思決定に頼ります。これは書籍『ファスト&スロー』でダニエル・カーネマンが説いた「システム1」状態です。

ヒューリスティックスは「脳が考えるのを止める」のではなく「脳が省電力モードで稼働する」のと同義だと私は捉えています。

メリットとしては、脳が疲れずに済み、時間もかからず短期間で結論を得られます。デメリットとしては、よく考えれば誤りだと気付く意思決定も、システム1状態だと気付けません。

そのおかげで、人間の意思決定は様々な「ワナ」に陥ってしまうのです。

以下に幾つか列挙します。

「偶然」を「必然」と考える

1回目の結果が良かった・悪かった人たちの2回目の結果は、1回目全体の平均値に近くなる現象を「平均への回帰」と言います。データは、極端なデータになるよりも平均値に近くなる確率は常に高いのです。

「回帰」には「もとの位置または状態に戻る」という意味があります。すなわち「平均への回帰」とは「最終的に平均に戻る現象」と考えれば良いでしょう。

プロ野球で言うところの「隔年投手」を例に考えると「平均に比べて特段に能力が優れているわけでは無いけど偶然活躍でした」「平均に比べてずば抜けて優れているのに偶然活躍できなかった」の2種類が考えられます。

山口俊さんは前者、工藤公康さんは後者でしょうか。

でも人間はヒューリスティックスな状態だと「良い時」「悪い時」だけを見て判断しがちです。90年代のヤクルトとか年単位で評価が変わってしまうので大変かもしれません。

【「平均への回帰」に気付かないで罠に嵌る例】

書籍『ビジョナリーカンパニー』で取り上げられていた企業は、「良い瞬間」だけを切り取られています。先ほど紹介した「ファスト&スロー」でも、以下のような記載があります。

『ビジョナリー・カンパニー』で調査対象になった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、大まかに言って調査期間後には縮小し、ほとんどゼロに近づいている。

ブックオフの「ビジネス書コーナー」に足を向けて下さい。10年前、15年前のベンチャー経営者の自伝がズラッと並んでいますが、いま彼らは一体どこに行ったのでしょうか?

「平均への回帰」に気付いたのが、日経ビジネスの編集長だった杉田亮毅さんです。就職時に人気大企業だった会社が見る影も無くなる、あるいは歯牙にもかけなかった中小企業が大企業になるのを見て、杉田さんはデータから「企業の寿命は30年だ」と発見します。ちなみに後に杉田さんは日経新聞の社長を務め、日経新聞デジタルの礎を築いた人でもあります。

時系列・時間軸での評価が誤謬に気付く方法でしょうか。少なくとも、たった1回で判断せず、2回目3回目を見守るべきですし、もしたった1回で判断せざるえない場面があるなら「平均への回帰」の可能性を忘れてはいけないでしょう。

「身近な情報ほど正しい」と思い込む

正確な情報を手に入れず、身近にある情報や即座に思い浮かぶ知識で意思決定してしまう現象を「利用可能性ヒューリスティックス」と言います。端的に言ってしまうと「思い込み」です。

しかも、本人はそれを裏付けせず「正しい」と思っているので、指摘するとムッとされます。

また別の心理現象に「単純接触効果」と言って、繰り返し接すると好意度や印象が高まるという効果があります。何度も何度も触れていると「有名なんだな」と錯誤して、それが当たり前だと勘違いを起こします。

皆さんが普段利用しているコンビニを例にあげます。コンビニの数と、神社の数、どちらかが多いでしょうか。

この流れで聞く以上答えが想像できてしまうかと思いますが、もちろん神社が多いのです。

日本フランチャイズチェーン協会が公開している資料によると2018年のコンビニの数は58,340店舗、宗教統計調査によると2017年の神社の数は81,067社だそうです。

コンビニばかり利用していると「利用可能性ヒューリスティックス」が働いて「コンビニは全国津々浦々に溢れている」と思い込みがちですが、全国津々浦々に溢れているのは、どちらかと言えば神社なのです。

【「利用可能性ヒューリスティックス」に気付かないで罠に嵌る例】

 有名な〇〇さんが言っていた、昔からの言い伝え、おばあちゃんが教えてくれた、だいたいこれらは利用可能性ヒューリスティックスになる可能性があります。一定の信頼を獲得している人からだと「無条件」に信じてしまうのは、その人の信頼が、話の内容自体の信頼に繋がるからかも。それが、ふろむださんの書かれた「人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている」だと思います。

「みんなが支持」しているから「正しい」

自分の身の回りの出来事や、似たような類似の例を過大評価して意思決定してしまう現象を「利用可能性ヒューリスティックス」と言います。端的に言ってしまうと「もっともらしさに引きずられる」のです。

しかも、本人はそれを裏付けがないまま「合理的」と思っているので、こちらが非合理的だと指摘するとムッとされます。

例えば、コイントスで遊んでいる時に、4回投げて4回連続「表」が出てきました。さて5回目に表が出る確率は?

もちろん「50%」です。個々の事象は独立していますから表が50%、裏も50%です。

次に、コイントスで遊んでいる時に、4回投げて「表・裏・裏・表」の順番に出てきました。さて5回目に表が出る確率は?

こちらも、もちろん「50%」です。個々の事象は独立していますから表が50%、裏も50%です。

では、4回投げて4回連続「表」が出る、4回投げて「表・裏・裏・表」が出る、どちらの方が出る機会は多いでしょうか?

もちろん、「どちらも同じ」が正解です。個々の事象は独立していますから発生確率は同じです。0.5^4 = 0.0625 ですね。

4回投げて「表・裏・裏・表」が出る機会が多いと直感的に思うのは、コインは表と裏がランダムに出るので、ランダムに出ている方が「もっともらしい」という思考に引きずられるのでしょう。

【「代表性ヒューリスティックス」に気付かないで罠に嵌る例】

Twitter上で、ある特定のコンテンツに何度も触れていると「それが今、人気のコンテンツなんだな」と考え、その記事を読んだり、自分も同じようにRTするのが「代表性ヒューリスティックス」だと私は思います。言い方は悪いですが、ユーザーを錯誤させているのです。ただ、昔からテレビや雑誌は「〇〇で流行っている」と流行を作ってきましたから、昔も今もそんなに変わらないのでしょう。

同じお金なのに「価値」が違う?

お金の入手方法に応じて、お金を仕分けする心理を「メンタル・アカウンティング」と言います。端的に言ってしまうと「人は誰しも独自の勘定科目を持っている」のです(端的じゃないか)。

例えば「あぶく銭は散在しても構わない」とか。あぶく銭だろうが何だろうが、お金はお金なので、給料と同じように貯金したら良いのに、あぶく銭だからという理由で散在するのは全く論理的ではありません。

お金に関して意思決定をする際、様々なことを勘案して総合的に判断せず、入手方法という狭いフレームの中で判断してしまうのは、お金に「色」が付いているからですね。

例えば、当初予算は3万円だったのに、どうしても5万円のシューズが欲しくて買ったとします。すると2万円オーバーしているので、どうしても後悔しがちです。

【「メンタル・アカウンティング」に気付かないで罠に嵌る例】

心の勘定科目リプレイスってよくあるんです。「月々コーヒー1杯分で〇〇し放題!」とか。じゃあ、それで実際にコーヒー1回我慢しているかと言えば、そうでもない。

罠から抜け出すのに手っ取り早いのは「入金も出金も財布を1つにする」です。間違っても、noteで得た売上を「臨時金」と考えない。第2の給料と考えるんだ。副業をやっている人は陥りにくいですが、副業をやっていない人ほど「メンタル・アカウンティング」は鍛えないといけないでしょう。

もう取り返しがつかないコストを回収しようとする

既に支払ってしまって回収できない費用を、サンクコストと言います。費用とは、お金だけでなく時間も含まれます。

「サンクコスト」は帳簿などでは数字に表れるのでしょうが、意思決定を下す際に都度、帳簿で判断するわけにもいきません。何より全ての費用が、すぐさま数字で表現できるわけもありません。その結果、サンクコストに縛られた意思決定を下してしまうのです。

端的に言ってしまうと、脳内で「もったいない精神」が起きているのです。

例えば、長蛇の行列に並んでいる最中に「ここまで時間を費やして並んでいるのだから途中で抜けるのはもったいない」と考えてしまう。AmazonPrimeで購入した映画がつまらなくても、「せっかく買ったから」と考えて最後まで観てしまう。

既に投資した2時間が無駄になるから、既に支払った500円が無駄になるから、さらに2時間投資してしまうことはよくあります。

ただし、列に並んだ2時間や、既に支払った500円は戻ってくるわけではありません。

この返ってくるはずのないコストをサンクコストと呼びます。

「参照点」を「行列に並んだ段階」や「映画を購入した段階」に設けてしまい、「既にコストを投入しているのでここで抜け出すと損をする」と考えてしまう心理が、意思決定に影響してしまうのだと考えられます。

「今、再び行列に並ばないといけないと考えて並ぶか?」

「今、映画を見始めたとして、引き続きこの映画を見るか?」

こんな感じで「今」を起点にすると良いのではないでしょうか。

【「サンクコスト」に気付かないで罠に嵌る例】

「こんなに課金したのに辞めるなんてもったいない!」というのがガチャしまくったアプリを卒業するときに思うことです。「ここで辞めたら今までの時間はなんだったの?」と思うでしょう。ただ、どれだけ思っても時間は帰ってきません。今やりたいのか、と考えるべきです。

逆に、健康食品のような「継続」ビジネスは、全面的にサンクコストを訴えれば良いと思います。「あなたはこれまで弊社のサービスを"8カ月"も続けられました。体質の改善、体調の変化はジワジワと変わるもので、10か月で変化の兆しを感じた人は6500人、11カ月で変化を兆しを感じた人は7600人もいます」とか。

知っておくべきその他の行動経済学用語

最後に、知っておくべき行動経済学用語に触れておきます。

・「現在バイアス」

計画はできるのに、いざ実行する瞬間になると現在の楽しみを優先し、計画を先延ばししてしまう対応を「現在バイアス」と呼びます。時間が経過した以外に大きな変化も起きていないのに、なぜか選択肢が変化してしまう「非整合な意思決定」と言えます。

例えば、明日からダイエットすると決めたのに、明日になるとダイエットが出来ない、とか。他にも夏休みの宿題先延ばし症候群、積読増える症候群、みんな「現在バイアス」にかかっています。

打破するには「今日からやる」しかありません。「今すぐやる」「今すぐ読む」でしかバイアスを破れません。

この「現在バイアス」の打破をもっとも上手くマーケティングに活用した事例の1つが「ライザップ」の"結果にコミット"です。

とにかく、今日にコミットし続けるしか、現在バイアスから逃れられないのですから。ただ行き過ぎると、強迫性神経障害に繋がるかもしれないのでご注意を(私がそうなってしまった)。

・「社会的選好」

旧来の経済学では「人間は利己的」と定義してきました。(大阪大学の大竹先生の説明によると、旧来の経済学は、多数の個人からなる市場での行動を分析していたことに由来するそうです)

しかし意思決定を下す際、自身の物的・金銭的選好に加えて、他者の物的・金銭的利得への関心を示すことが明らかになっています。

この思考は人間の持つ「利他性」「互恵性」という2つの性向から説明可能です。

利他性とは「他人の幸福度が高まると自分の幸福度も高まる」「自分が他人の為になる行動や寄付額そのものから幸福感を感じる」という2種類が混ざっています。

例えば、イオンでは「幸せの黄色いレシート」という寄付活動が毎月11日に行われています。以前住んでいたマンションの近くにイオンがあって、よく投函しています。

さて、現在はレシートの合計金額の1%ですが、もし「8月はチャリティ月間として2%にする」とイオンが宣言したらどうでしょうか。

(A)今までより多く商品を購入して投函する。

(B)今までより少なく商品を購入して投函する。

(C)何も変えず投函する。

行動経済学的には、どの行動も利他性を表しているのですが、(A)と(B)は自分の行動が寄付額に変わる=他人の幸福度に影響を与えているという考えであり、(C)は寄付すること自体に喜びを得ていると言えます。

イオンさんは大竹先生を招いて、ぜひ実証実験をされると良いでしょう。たぶん、11日の売上がちょっと上がって、それは1%追加分の寄付額を上回る売上になるはずです。

もう1つの互恵性とは「他人が自分に対して親切な行動をしてくれると、それを返す」という返応を指します。

例えば、相手から何かモノを貰ったら返さないと気が済まないとか、お歳暮にお中元、あるいは「既読スルーはイヤ」とかみんな互恵性を期待しているのです。

SDGsというキレイごとばかり人間は言いがちですが、キレイごとのままではあまり人々に受け入れられなかったりもします。

そうした場合にこの「社会的選好」、とくに「利他性」「互恵性」を活かせば、人々に強制することなく、理想を受け入れてもらう方向で行動変容を起こせそうだと個人的には考えています。

松本健太郎(まつもと・けんたろう)

1984年生まれ。データサイエンティスト。

龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。

著書に『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

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