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教養・歴史 書評

『円相場の終わり』 評者・後藤康雄

著者 小栗太(日本経済新聞編集委員) 日経プレミアシリーズ 850円

大変貌する為替市場の動向 ベテラン経済記者が詳述

「相場に一喜一憂しない」という言い方があるが、裏を返せば我々は往々にして一喜一憂するということである。株価や長短金利などいくつかある「相場」の中でも、マクロ経済への直接的なインパクトで為替相場の右に出るものはないだろう。多くの国が経験してきたように、為替の動向は国家のゆくえをも左右する。絶大な影響力を持つ為替相場を決めるのは何か。標準的な経済理論では、国際的なモノの取引(貿易)、金利、物価などだが、これだけでは現実を考えるに甚だ心もとない。そもそも貿易、金利、物価などを動かすあまりにも多くの要素があるからである。現実の為替相場は多様な変数からなる多元方程式である。

 本書は、市場に精通したベテラン経済記者が、長年の経験と知見に基づき、現下の多元方程式の解法を整理したものである。そこでの命題は「相場の終焉(しゅうえん)」だ。ここ数年、円は歴史的な安定を続けている。それは市況が織りなすしばしのあやにとどまらず、市場や経済の構造変化による永続的なものではないか、と筆者は問題提起する。円は変動する「相場」の役目を終えたのかもしれない──。

「ジャパニフィケーション」(金融緩和してもインフレにならない状況)に象徴されるような経済的要因のほか、政治、テクノロジー、企業戦略などさまざまな要素が、為替相場の変動を封じ込める方向に働き続ける構図が示される。

 現実のトピックもふんだんに紹介され、飽きさせない。市場の重要場面を立て板に水のごとく解説してみせる手際は、語り部としての敏腕記者の真骨頂である。大舞台を演じるのは、金融界のスターたちから「ミセス・ワタナベ」(個人の外国為替投資家)、無機質な高速コンピューター、果ては人類を震え上がらせる極小ウイルスまで、多様な顔ぶれである。

 為替市場が変質したのなら、その帰結は相場の安定にとどまらない。為替変動は時に甚大な影響をもたらすが、一方で各国の経済を反映して偏りを調整する重要な機能も持つ。著者は、世界経済と通貨制度の将来像も大胆に語る。確かに、現代の経済・社会は、変動相場制が始まった約50年前とは大きく異なっている。

 本書内でも少し名前が出る映画「スター・ウォーズ」の世界には、なんと銀河系内で通用する通貨が登場し、帝国の帰趨(きすう)とともに相応の変遷を経る。コロナ後の経済・社会という遠景を見据えた通貨システムを熟考し、大胆に構想を巡らすに今は好機なのかもしれない。

(後藤康雄・成城大学教授)


 おぐり・ふとし 名古屋大学卒業後、日本経済新聞社に入社。25年以上にわたり、マーケットを取材。『日経ヴェリタス』編集長等を経て2019年より現職。著書に『真説バブル』(共著)などがある。

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