アメリカ コロナ危機で米出版界は異常事態=冷泉彰彦
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、米国の主要な州ではロックダウン(都市封鎖)が1カ月を超えた。多くの人が在宅を強いられ、多くの産業が活動停止となる中で、出版界も激しく揺れている。
新刊の動きはほぼ凍結状態だ。出版権の交渉や見本市などは完全に停止状態であるし、印刷製本業界は基幹産業とは認められなかったため、新刊だけでなく増刷も停止している。書店に関しては、食料品店とは違って「不要不急」ということで、多くの州で営業が認められていない。図書館も全面的に閉鎖されている。
こうした事情はベストセラーのランキングにも反映している。まずアマゾンの場合は、処理能力を生活必需品の発送に振り向けており紙版書籍の販売には引き続き消極的だ。その結果として、紙版書籍のベストセラーとしては、1位から20位までに児童書それも幼稚園から小学校低学年向けの本が12冊入るという事態となっている。つまり、紙版は「紙でないと成立しない」書籍中心の流通というわけだ。
一方、小学校高学年から成人向け書籍は、電子書籍への移行が加速している。業界では電子書籍の販売額は夏休みや年末年始並みの高水準で推移していると言われているが、中でも旧刊の健闘が目立つ。例えば、紙と電子を合わせたアマゾンの「今週最も売れた本」のランキングでは、フィクション部門のベスト10中の7冊が『ハリー・ポッター』シリーズの各冊となっている。社会人で在宅勤務をしている「ハリー・ポッター世代」から中高生まで、家庭内に「巣ごもり」する中で改めて長大なシリーズを読破する動きが出ているのだ。
ノンフィクション部門では、2月の新刊『卓越しつつ下劣、チャーチル、家族、そしてロンドン空襲への抵抗の物語("The Splendid and the Vile: A Saga of Churchill, Family, and Defiance During the Blitz")』が1位として目立っている。コロナ危機の現在を、ナチスドイツの空襲に耐えるチャーチルの英国に重ねる心情が、そこには見て取れる。だが、その他はここ半年から数年のロングセラーが中心で極めて低調だ。現状では危機の中で、出版業界全体の衰退が進行していると言わざるを得ない。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。