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「タイ国際航空の破綻劇」に見るコロナ倒産の「あるパターン」=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)
航空業界「存亡の危機」
エミレーツグループが2020年3月期の決算で、32年連続で利益計上を発表したのもつかの間、3月末時点で10万5,000人強だった同社従業員を最大30%削減する可能性があるとの情報も流れました。
航空業界の中でも最優良企業と目されるエミレーツグループが、このような対応を取らざるを得ない状況だということは、中小航空会社のみならず大手航空会社も、危険的状況に追い込まれるリスクがあるのは否めません。
新型コロナショックの影響でどの航空会社の経営が最初に破綻するのかを世界中の眼が動いていた中で、タイ財務省が株式の51.03%を保有する国営企業であるタイ国際航空は、経営破綻を発表しました。
タイ国際航空は実は、新型コロナウイルスが流行する以前から、既に苦境に陥っており、2012~2018年に累計約540億バーツの赤字を出し、2013年以降は以下の通り、2016年を除いて毎年赤字を計上していました。
◎タイ国際航空の最終損益推移(2013年~2019年)
2013年 損益▲120億4,700万バーツ
2014年 損益▲156億1,200万バーツ
2015年 損益▲130億6,800万バーツ
2016年 損益△1,500万バーツ
2017年 損益▲21億700万バーツ
2018年 損益▲116億3,000万バーツ
2019年 損益▲120億4,000万バーツ
◎子会社であるタイ・ライオンエア社の最終損益推移(2015年〜2018年)
2015年 損益▲10億3千万バーツ
2016年 損益▲4億4千万バーツ
2017年 損益▲15億バーツ
2018年 損益▲46億3千万バーツ
国営企業ならではのぬるま湯体質
タイ国際航空経営陣にコスト削減意識は低く、昨年9月に白紙撤回されたものの、1560億バーツに上る航空機38機の調達を決定した経緯があり、経営陣は「自社の経営が危機的状況にあるのを分かっていない」と政府高官から厳しく指摘されていました。
タイ国際航空は歴史的に官僚や退役軍人の天下り先として有名で、労働組合の影響力が強く、経営陣はリストラになかなか踏み切れないのが実情でした。
累積赤字に苦悩し経営改革が必須であったにも拘らず、スメート現社長は「人員削減や賃下げは考えていない」と表明し、あくまでも路線見直しを中心に収益を改善させ、本年の黒字化を目指していました。
タイ政府に送り込まれた歴代の社長達は、軍や政治家の利権構造や強力な労働組合に阻まれ挫折し、比較的短期間で辞任しています。
先々代のソラジャク社長は就任から1年2カ月後の2013年12月に辞任。1年間の社長不在を経て、2014年12月に先代のジャラムポン社長が就任しましたが、2017年2月に退任。
また1年半に及ぶ社長不在を経て2018年9月に就任したスメート現社長は、「 タイ航空が経営破綻及び事業停止の危機に直面している。」と述べ、経営改革を試みましたが実績は改善しませんでした。
2009-2011年に取締役を務めたバンヨン・ポンパニ氏は「政治家や軍が口を出し、しがらみだらけだった」と振り返り、タイ航空を「希望の持てない組織」と言い切りました。
今回のタイ国際航空倒産劇に際して、当初、タイ国際航空がタイ政府に求めていたのは、581億バーツ(約1,800億円相当)の融資保証でした。この融資保証案に関しては、政府は同意し救済する予定でした。
ところが、タイ政府は当初予定していた救済計画を撤回し、破産法に基づく会社更生手続きの申請に計画変更しました。
申請後に裁判所の命令で債権の取り立てが停止され、経営陣は債権者と負債の整理や契約の見直しを協議しながら、原則120日以内に再建計画を策定します。そして裁判所の認可を得て、経営の立て直しを目指します。
これは清算型の手続きと異なり、事業継続が前提です。債権者の合意により短期間での再建が可能で、雇用への影響も限定的です。事前に支援企業を選ぶパターンと手続きを進めながら支援先を探すパターンがあります。
救済策の撤回理由と再生への期待
それでは何故タイ政府は救済策を撤回したのでしょうか?
タイ政府は、約1,800億円あまりの公的支援の条件として、最大8,000人の人員削減を軸とした人的リストラを要求していました。
ところが、労働組合や利権を持つ政治家や軍関係者はそれに反発し、調整は難航し、破談してしまったと思われます。
タイ国際航空は国営企業特有の高コスト体質。更にLCCとの競争の激化が足枷となり、中国人観光需要が伸びているにも拘わらず、黒字転換できなかったのが現状です。
このような赤字体質の中で、新型コロナウイルスショックで泣き面に蜂になってしまったのです。
タイ政府はタイ国際航空株式を51.03%保有してますので破綻しても、今後はフルサービスを保ちつつもコスト削減を徹底してタイ王国を代表するナショナルフラッグキャリアとして生還するとの見方が多かったです。
因みに、第1位のタイ政府以下2位から5位までの株主構成は以下のようになっています。
2位資産運用企業ワユッパックファンド:15.1%
3位クルンタイ銀行系資産運用企業:7.5%
4位タイ無議決権預託証券( 外国人投資家用預託証書 ):3.2%
5位タイ政府貯蓄銀行:2.8%
5/19、市場の期待通り、タイ王国プラユット首相はタイ国際航空のリストラを実行し破産させない旨の発表をしました。そして財務省が保有しているタイ国際航空株式51.03%の内、3.17%を現在第2位の株主であり、15.1%を既に保有しているワユッパックファンドに売却することを閣議決定しました。このオペレーションで政府保有分は過半数を切ることになります。
ワユッパックファンドは2003年に政府系上場会社の株式を購入するために設立されました。ファンドは社会資本インフラ投資や国内外での民間及び公的セクターのメガプロジェクト投資を行なっています。
政府保有株式をワユッパックファンドへ売却したことで、今後、タイ国際航空は政府からの救済を受けることはないものの、20,000名に及ぶ従業員の雇用は一時的には守られました。しかし民営化に伴い、新たなマネージメントチームはリストラによる会社再建を企てると思われますので従業員の雇用が保証された訳ではありません。
タイ国際航空負債総額は920億バーツで、その内約78%に相当する720億バーツがタイ格付け機関であるトリスレーティング社( 49%は米国格付け機関S&P社保有 )から「 シングルA 」を付与された債券です。因みに、タイ国際航空破綻騒動の中、直近では「 BBB 」に格下げされております。企業破綻となれば「 C 」格に急落するのが通常ですが、「 BBB 」格で留まっているという事実はタイ国際航空が復活する可能性を示唆しています。
ワユッパックファンドの経営会議は、5/22に財務省から1株当たり4.03バーツで合計6900万株のタイ国際航空株を2億7807万バーツで購入することを承認をしました。
タイ国際航空株は5/22終値は4.90バーツでした。株価は2013年5月に付けた33.50バーツが過去10年の最高値ですから約85%の下落、1999年からですと何と90%も下落しています。
今後、どのようなリストラ計画が実行されるのかが注目されています。最新の情報では、(1) 従業員数を2-3年以内に現在の21,367名から12,000-13,000名に削減、(2) 給料は10-50%カット、(3) パイロットは170-200名削減、(4) 100機ある航空機は6タイプ( Airbus A320, Airbus A330, Airbus A350, Boeing B777-200 ER and B777-300 ER ) 70機まで減少とのことです。
これまでのような長年に渡る非効率な経営から脱却できれば、将来的には黒字転換の可能性はあります。長期投資で考えられるのであれば、現在の株価は割安であり、タイ人富裕層はタイ国際航空株の投資チャンスを狙っているのは確実です。
今年の第1四半期に世界最大の投資家であるバフェット氏は保有航空株を全て売却しました。保有できるなら永遠に購入株を保有したいという希望を持つバフェット氏が米国航空会社株を売却してしまったのは、 「3~4年後に、昨年までのように飛行機に乗るようになるのか見通せない」と言う悲観的な見解がベースにありました。因みに彼が売却した航空会社の株価を確認しますと、5/22ザラ場ではデルタ航空22.51ドル、ユナイテッド航空24.90ドル、サウスウエスト航空28.48ドル、アメリカン航空9.72ドルの値をつけてます。
タイ国際航空株の5/22終値4.9バーツをドル換算しますと僅か0.15ドルです。単純に米国航空会社と中進国タイ王国の航空会社を同じ土俵の上に乗せて比較するのは乱暴かも知れませんが、株価の違いは歴然としています。1株0.15ドルなら株を購入して10年放置しておけば何処かのタイミングで購入価格より高い価格で売却できる機会はあるような気がします。
果たして、これからタイ国際航空が日本航空の様にタッチアンドゴーできるのかが見ものです。
立沢賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。
投資家サロン https://www.kenichi-tatsuzawa.com/neic