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WHOがパンデミック宣言を「あえて」遅らせたのは「ウォール街の意向」だったのか=立沢賢一(元HSBC証券会社社長、京都橘大学客員教授、実業家)
「パンデミック債」の驚くべき仕組み
2017年6月28日、世界銀行が発行体となり、パンデミック発生時に、「パンデミック緊急ファシリティ(PEF:Pandemic Emergency Financing Facility)」を資金面で支えることを目的とした「パンデミック債」を発行しました。
PEFは、感染症のリスクに直面する途上国に資金を即座に提供するため世界銀行が設立したファシリティです。
PEFは、発行された大災害債券(キャット・ボンド)により調達された資金と保険デリバティブ取引、ならびに現金枠や将来的なドナー国による追加拠出のコミットメントを通じて、途上国が感染症大流行のリスクに対応できるよう向こう5年間に5億ドル以上を提供する予定です。
パンデミック債は普通社債よりもかなり高い利回りを設定する代わりに、ひとたびパンデミックが発生した場合には元本の一部もしくは全額が途上国への保険金支払いに充てられます。
投資家にとっては、「(1) ハイリスク・ハイリターンの金融商品」という側面と、「(2) 途上国の社会課題の解決に貢献する新しいタイプのE(環境、Environment)、S(社会、Social)、G(企業統治・ガバナンス、Governance)をそれぞれ意味するESG債への投資」という社会貢献の側面があります。
パンデミック債の募集に当たっては、リスクに応じて2つのトランシェが設定されました。満期日は両トランシェ共に2020年月15日です。そしてパンデミック宣言が2020年6月18日までに発令されなければ額面償還となります。
トランシェAは、相対的にリスクが低く、利回りがロンドン銀行間取引金利(LIBOR)+6.5%、発行額は2億2500万ドルで、全体の7割強を欧州、3割弱を米国の投資家が購入しました。
中でも特に大災害債券(キャット・ボンド)を専門とする投資家による購入が目立ちました。
トランシェAの元本が毀損する条件の一つは「発生国以外で死者が2500人に達すること」です。
トランシェAはコロナウイルス事由による支払いが元本の16.67%までに制限されているため、全体の8割程度が償還されそうで、現在の市場価格は額面の8割くらいで推移しています。
トランシェBはリスクが相対的に高く、利回りがロンドン銀行間取引金利(LIBOR)+11.1%、発行額は9500万ドルで、全体の8割以上を欧州の投資家、中でも年金基金が4割強を購入しました。
トランシェBは元本がすべて保険金支払いに使われ、3月11日にWHOがパンデミック宣言を発令しましたから、2020年7月の満期時には全額償還されない見込みで、それに呼応し、市場価格は既に額面の10%程度まで下がっています。
リスクの高いトランシェBで元本が毀損する条件の一つとして、「死者数が1ヵ国で250人、発生国以外で20人」となっていますが、新型コロナウイルスによる死者数は、すでにこの条件を満たしています。
世界銀行が新型コロナウイルスをパンデミックと認定する条件の一つとして、「中国での死者数が250人に達した日(2月2日)を基準日として12週間が経過すること」が定められており、12週間後とは4月26日です。
資金提供の条件には「(1)2カ国超に感染拡大」「(2)発生国以外での死者数が2500人以上」「(3)流行発生から12週間が経過」などがあります。
パンデミックが発生した場合に資金を受け取れるのは、国際開発協会(IDA)の融資適格国となります。主にサブサハラやアジアの低所得国で、エボラ出血熱のようにアフリカの途上国などが主な感染地域となるパンデミックを想定しており、新型コロナでは大きな感染者を出している米国、イタリア、スペインなどの先進国は対象国にはなっていません。
WHOのテドロス事務局長はエチオピア出身ですが、各種メディアではエチオピアが中国から注入された資金で潤っているため、中国発祥のコロナウイルスにはパンデミック宣言をなかなか出さなかったとも伝えています。
実際に、2005年から2016年までエチオピアは中国から約1兆3873億円以上の融資を受けており、鉄道建設は中国が85%も出資しています。また、WHO事務局長選任の選挙でも、テドロス氏は中国からの絶大なる支援を受けていたと言われています。
それとは別に、WHOがパンデミック宣言を出すことで、パンデミック債に関わる1億ドル以上の資金の償還に多大な影響を与えることになります。現在、WHOへの民間からの拠出金は5億ドル以上と、米国からの拠出額を越えています。それ故に、テドロス 事務局長は民間すなわち「米国金融業界からの圧力」を受け、パンデミック宣言ができなかったのかもしれません。
ウォール街と中国との間で翻弄されるWHO
勿論、皆さんがご存知の通り、WHOは3月11日にパンデミック宣言をしました。
3月10日に習近平氏はウイルス発生源とされている武漢に自ら赴き、中国はコロナウイルスの封じ込めに成功したことをアピール、武漢の安全性と中国の対応力を内外に示し、新型コロナウイルス感染の終息宣言を出しました。
偶然なのか意図的なのかわかりませんが、不思議なことに中国の終息宣言の「翌日」にWHOはパンデミック宣言を発令し、「今やヨーロッパがパンデミックの震源地となった」と言及します。何と震源地が中国ではないことを示唆するような発言をしたのです。
そもそも、WHOは人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関でありますが、こうした振る舞いを見るにつけ、実際には人類の生命・健康には関心がなく、結局のところお金で動かされている機関なのではないか、と疑わざるをえません。
米国金融業界の圧力を受けながらも、最終的にテドロス氏は中国側に付いたと見るべきでしょうが、世界銀行発行のパンデミック債がWHOのパンデミック宣言発令を遅らせた要因の一つではないか、と受け止められてもしかたがありません。トランプ大統領がWHOへ資金の拠出を停止すると先日発表がありましたが、当然のことだと思います。
立沢賢一(たつざわ・けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資家サロンで優秀な投資家を多数育成している。