教養・歴史書評

『政策保有株式の実証分析 失われる株式持合いの経済的効果』 評者・土居丈朗

著者 円谷昭一(一橋大学大学院准教授) 日本経済新聞出版 5000円

株の持ち合い多いほど低利益 新たな企業分析指標を提示

 日本の企業グループの特徴の一つだった「持ち合い株式」は、今や、公式に「政策保有株式」と呼ばれるようになっている。コーポレートガバナンス(企業統治)改革が進められ、漫然と株式の持ち合いを続けることはできなくなりつつある。

 本書は、終戦直後の財閥解体以降、今日に至るまでの株式持ち合いをめぐる制度変更をたどりつつ、その意義と疑義に関する学界での議論をまとめるとともに、2010年代に政策保有株式が及ぼした影響についての実証分析を試みている。

 バブル崩壊後に、日本企業の株式持ち合いは解消してゆき、銀行は事業会社株式を売却し、事業会社も銀行株式を売却していった。しかし、今なお、株式持ち合いがなくなったわけではない。

 10年3月31日以降に終了する事業年度から、有価証券報告書に、いわゆる持ち合い株式は、政策保有株式として開示されることとなった。これまで、高度成長期やバブル期前後の株式持ち合いの影響をめぐり、学界でも肯定・否定の両論が交わされてきた。株式持ち合いが安定的な経営基盤を構築して企業収益に好影響を与えた面と、逆に経営の規律付けを損なわせて非効率な企業経営が温存された面とがあって、それぞれに定説を形成してきた。

 その文脈で、本書の特長の一つは、この政策保有株式として開示されたことに着目して、企業行動を実証分析したところにある。

 分析結果は、大変興味深いものである。政策保有株式の保有量が大きい企業は、利益率が低い傾向が観察された。また、政策保有株式をほとんど保有していない企業は、保有している企業と比べて利益率の安定性が低い。しかし、株式保有数がある一定水準を超えたとしても安定性が高まることもなかった。

 さらに、政策保有株式を持っている企業の売上高や総資産の成長性は低いが、一定水準を超えると政策保有株式の多寡と成長性との関係は観察されなくなると結論づけている。

 政策保有株式は、企業の利益率向上や成長性には寄与していないというのが、分析結果である。これを実証分析で裏付けた点には、大いに価値がある。

 コーポレートガバナンスの観点からみて、企業の利益率向上や成長性には寄与していない政策保有株式だが、それによって安定株主を構成しており、企業経営の改革につなげるのは容易ではない。しかし、今後の日本企業のあり方に一石を投じた書といえる。

(土居丈朗・慶応義塾大学教授)


 つむらや・しょういち 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。埼玉大学経済学部准教授を経て2011年より現職。編著に『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」 大量データからみる真実』がある。

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