『家計簿と統計 数字から見える日本の消費生活』 評者・藤原裕之
著者 佐藤朋彦(独立行政法人統計センター・情報技術センター研究官) 慶応義塾大学出版会 1600円
小遣いは30年で3分の1に… 家計の変遷から驚きの発見も
コロナ禍で人々の生活は一変した。一斉休校、外出自粛、在宅勤務等々で3食すべて家族と自宅でとり、予定していた旅行やコンサートはすべてキャンセル。家計簿を付けると外食やレジャー関係の出費は急減する一方、食費や光熱費は急増。こうしたときふと疑問に思うのは「ほかのお家(うち)はどうなのだろうか」である。
個々の家計からは見えてこない一国の消費生活の大きな流れを映し出してくれるのが、日本の家計調査をはじめとする家計統計だ。本書は家計統計から消費生活の「今」を読み、将来の家計を見据えるために必要なエッセンスが詰まっている。
家計簿による調査は、回答項目が多いため調査対象者の負担が大きい。その家計統計がどれだけの困難や変化を経て今日のような姿となったのか。本書では家計調査の出発点となる調査が大正15(1926)年に実施されるところから今日の姿になるまでの活動の軌跡を一望できる。調査が中止に追い込まれた戦時下、闇市の実体価格の把握を目的とした戦後の調査の様子など、興味深いエピソードが盛り込まれている。
長い歴史を持つ家計統計は、消費生活の風景がどう変化してきたかをあらゆる角度から捉えることを可能にする。ようかんやメロンの約4割は贈答用。小遣いは30年間で3分の1以下に減少。野菜の値段が急騰するとレタスは半玉で購入される。東京都区部の次にタクシーの移動支出が多いのは長崎市、など興味深い実例が豊富なグラフとともに次から次へ紹介され、楽しく読み進められる。それと同時に家計統計からこれだけの興味深い発見が得られることに驚きを覚える人も多いはずだ。
本書が単なる読み物ではなく統計リテラシーを養うための実用本であることを示すのが付録の「家計調査結果の見つけ方」だ。本書で紹介される豊富な実例のもととなる家計調査のデータがどこから入手できるのか、ステップ・バイ・ステップで丁寧に案内してくれる。「欲しいデータにたどり着けない」ことが今日の統計リテラシーが高まらない一因になっていることを熟知したうれしい配慮だ。
消費生活に関する驚くような発見が自分にもできるかもしれない。実例と実用を兼ね備えた本書にはそう感じさせる魅力がある。本書を手に取ることで、これまで統計に触れることを敬遠していた人のハードルは大きく下がるに違いない。統計リテラシーを身に付けたいと思う一人一人に届いてほしい一冊だ。
(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)
さとう・ともひこ 1959年生まれ。新潟大学理学部卒業後、総理府(現内閣府)、経済企画庁、東京大学社会科学研究所などを経て現職。神戸大学経済経営研究所客員教授を兼務。著書に『数字を追うな 統計を読め』ほか。