経済・企業半導体 コロナ特需

成長分野(3) パワー半導体 省エネ向けに需要伸びる 日本は新素材で先行=編集部

SiCパワー半導体を搭載した東海道新幹線新型車両「N700S」
SiCパワー半導体を搭載した東海道新幹線新型車両「N700S」

 コロナ禍で鉄道需要が冷え込む最中の7月1日、JR東海は東海道新幹線新型車両「N700S」の営業運転を開始した。東海道新幹線車両としては13年ぶりのフルモデルチェンジで、さまざまな機能を向上させた。中でも駆動システムには次世代の炭化ケイ素(SiC)パワー半導体を搭載。架線からの電力をモーター駆動用に変換する効率を向上させ、電力消費量を2世代前の700系に対し22%、1世代前のN700系およびN700Aに対して6%削減している。

 また、SiCパワー半導体は発熱が少ないため、冷却機構を簡素化し、従来のシリコン(Si)パワー半導体搭載のN700系車両に比べて、駆動システムを55%小型化し、約600キログラム軽量化した。このSiCパワー半導体のモジュールは三菱電機、東芝、日立製作所、富士電機が開発している。

 新幹線にも採用されているパワー半導体は、電子機器に電力を供給・制御するためのデバイスだ。機能としては交流を直流に、直流を交流に変換したり、電圧を下げたりする。また、バッテリーの充電にも用いられる。その際に電力のロスを少なく変換することや、高い電圧への対応などでデバイスの性能が決まる。

 自動車の電動化、電気自動車、省エネが求められる機器の効率化などで、パワー半導体の需要は年々高まっている。矢野経済研究所は、2020年のパワー半導体市場は、自動車用途が冷え込むことから、前年比9%減となるが、21年以降は再び成長軌道に乗ると予測している(図)。

 パワー半導体は、独インフィニオンテクノロジーズ、スイスのSTマイクロエレクトロニクス、米オン・セミコンダクターなどが世界の大手メーカーだが、前述の三菱電機や富士電機などに加え、ロームなど日本の半導体メーカーが健闘している領域でもある。また、材料のウエハー基板も米クリー社や米Ⅱ-Ⅵ(ツーシックス)社に続いて、住友電気工業や昭和電工などが存在感を示している。日本のものづくりの代表格である自動車や新幹線の性能向上に重要なデバイスだけに、日本メーカーも世界に伍(ご)していかなければいけない分野だ。

「SiC」で性能向上

一部のハイブリットカーでは航続距離を延ばすため、SiCパワー半導体が採用されている (Bloomberg)
一部のハイブリットカーでは航続距離を延ばすため、SiCパワー半導体が採用されている (Bloomberg)

 現在、パワー半導体は、ロジックやメモリーでも用いられているSiウエハーを用いた半導体が約9割を占めている。しかし、パワー半導体としてのSiの物質特性には限界が指摘されている。このためSiよりも低損失で発熱が少ないSiCや窒化ガリウム(GaN)など新しいウエハー材料によるパワー半導体の開発が進んでいる。新材料によるパワー半導体はこれから市場が立ち上がる領域であり、日本メーカーが飛躍するチャンスがある。

 新材料で先行しているのが、冒頭のSiCであり、パワー半導体の約1割を占める。電気自動車(EV)やハイブリッドカー、EV用充電ステーション、鉄道車両、データセンター向けサーバー、太陽光発電用パワーコンディショナーなど、電力効率の改善が求められる分野で採用が始まっている。

 しかし期待より普及のペースは遅い。その最大の理由はウエハーの価格が高すぎることだ。直径6インチ(150ミリメートル)ウエハーの比較では、Siウエハーが1000円台であるのに対し、SiCウエハーは20万円を超えるという。SiCの材料自体が高価で、インゴット(結晶の塊)の品質が良くない上に数センチメートルの厚さしか精製できない。そして材質が堅いため加工が難しく、取れるウエハーの枚数がSiに比べて格段に少ない。

 本格的な普及には技術革新が必要で、各社は開発を急いでいる。インゴットについては、例えばデンソーは独自のガス法を用いて、低コストかつ高品質なSiC単結晶成長法の開発に取り組んでいる。また、ウエハー加工技術に詳しいリンク社の原成利氏によると、「ウエハーの加工プロセスの簡略化や研磨時間を短縮して生産性を上げてコストを下げる取り組みを進めている」という。しかし技術の難易度は高く、需要に見合うコストを実現できていない。

 現状でSiCの導入が進んでいるのは、高コストを許容できる領域だ。しかし、こうした需要に対しても供給が追い付いてないため、数少ないSiCウエハーの安定確保に向けた動きが進んでいる。SiCウエハー最大手のクリー社に対しては、インフィニオンやSTマイクロなど大手半導体メーカーがこぞってSiCウエハーの長期安定供給契約を結んでいる。また、ロームは独ウエハーメーカーのサイクリスタル社を買収し取り込んだ。STマイクロはサイクリスタルともSiCウエハーの長期契約を結んでいる。こうしたウエハー確保の動きはさらに加速しそうだ。

ベンチャーも存在感

 SiCに次いで期待されているのがGaNだ。SiCとは耐圧の特性が異なるため、500~600ボルトはGaN、1000ボルト以上はSiCとすみ分けが進むとみられる。特にGaNは急速充電用途に強みがあり、充電器の小型化や、EVの充電ステーションでの普及が期待されている。ただし、製造はSiC以上に難しいとされており、ウエハーサイズも2~4インチが主流の状況だ。SiC同様に普及にはさらなる技術開発の進展が求められる。

 将来的に期待されているのが、物質特性でSiCやGaNを凌駕(りょうが)する酸化ガリウム(Ga2O3)を用いたパワー半導体だ。Ga2O3はノベルクリスタルテクノロジー(埼玉県狭山市)とFLOSFIA(フロスフィア、京都市)の日本のベンチャー2社の開発が先行している。ノベルクリスタルはタムラ製作所の事業部が独立して設立され、タムラ製作所に加え、AGCや新電元工業が出資している。一方、フロスフィアには三菱重工業やデンソーが出資している。Ga2O3パワー半導体が事業化した暁には、出資企業の事業への好影響が期待できる。

(編集部)

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