教養・歴史書評

『Hello!! Work 僕らの仕事のつくりかた、つづきかた。』 評者・藤原裕之

    著者 聞き手 川島蓉子(ジャーナリスト) 語り手 皆川明(ファッションデザイナー) リトルモア 1600円

    「働く嬉しさ」の記憶が生む 100年先見据えた服、仕事

    「労働の本質は、働いて嬉(うれ)しいという『記憶』を持つこと」。誰かの役に立ってうれしいという「体験の記憶」が働く喜びにつながるとする一節だ。ファッションブランド「ミナ ペルホネン」を率いる皆川明氏が、自身の経験と思考の旅を通じて得た視点をつづったのが本書である。

     皆川氏はファッション業界の慣習の数々に疑問を投げかける。経済格差を前提としたファストファッションのような大量生産・大量消費モデルは、作り手も買い手も幸せにしない、と考えた皆川氏の出した答えは価値の高い製品を少量ずつ長期的に生産するスタイル。作り手も使い手も幸せにする効果的な仕組みだ。

     長期的な生産のベースにあるのは「せめて100年」は着るという考え方だ。理想の実現を100年先に置くことで、目の前の小さな波に心を奪われずに済む。10年たっても20年たっても常に100年先を見つめ続けることで、「今」というプロセスに集中できるという。

     長期目線は作り手重視の姿勢につながっている。アパレル工場の多くは無理な納期やコスト削減を強いられ、本来持つ高い技術力を生かし切れていない。ミナ ペルホネンでは追加コストを発注者側が引き受けるなど、受注者と発注者の利益配分の是正に取り組んでいる。こうした作り手重視の姿勢は、製品に込められたストーリーを顧客に伝える意味的価値の向上にもつながる。

    「記憶」は本書で使われるキーワードの一つだ。皆川氏は店での体験を「記憶への期待」が始まる場として特に重視する。店舗は単に服を売る場ではなく、「その服を着て過ごす記憶」の出発点ととらえる。店へ行くための時間と労力に価値があるため、店舗はあえて不便な場所に立地することも多い。オンラインにはない体験価値がリアル店舗にあることを熟知している。

     会社組織に関する考え方も実に興味深い。社員一人ひとりが、いろいろな細胞に変化できる「iPS細胞」のように、どこに所属しても役割を果たせる組織が理想だという。誰かの指示に従うのではなく、自ら考え、組織の枠にとらわれずにコミュニケーションをとる。自分たちが考えることで「喜び」も倍増する。メンバー一人ひとりが自分たちのルールや仕組みを理解し、独自に工夫し、意思決定をしていく姿は「ティール組織」(個々人に意思決定権がある進化型組織)に近いものだ。

     コロナ禍という霧が視界を覆う中、働いてうれしい「記憶」を思い起こさせてくれる一冊に巡り合った。

    (藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


     川島蓉子(かわしま・ようこ) 伊藤忠ファッションシステム取締役。著書に『老舗の流儀 虎屋とエルメス』など。

     皆川明(みながわ・あきら) 流行に左右されず長く着用できる服をコンセプトとするブランド「ミナ ペルホネン」設立者。

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