教養・歴史

 ニュートリノをめぐる冒険/1 素粒子の階層と太陽ニュートリノ問題

神岡でのニュートリノ研究について解説する梶田隆章さん=富山市八木山の市立大沢野中で、青山郁子撮影
神岡でのニュートリノ研究について解説する梶田隆章さん=富山市八木山の市立大沢野中で、青山郁子撮影

 2015年10月6日、東京大学宇宙線研究所長である梶田隆章氏にノーベル物理学賞が与えられた。受賞を機に、今回はニュートリノとは何かという基礎的事項から現在にいたるまでのニュートリノ研究の歴史を、次回は梶田氏のノーベル賞受賞対象となったニュートリノ振動とニュートリノ質量に焦点を当てて、2回に分けた解説を試みたい。

仮説の粒子だった

 ニュートリノはそもそもエネルギー保存の法則を満たすための仮説的粒子として提案された。物質の基本構成要素である原子の中心にある原子核が放射線を出して別の原子核に変化する際、エネルギーの合計が保存せず減少するように思われた。この見かけ上失われたエネルギーを運び去った見えない粒子があるはずだ、と提案したのがヴォルフガング・パウリ(1945年にノーベル物理学賞受賞)である。電荷を持たず見えない粒子であることから、電気的に「中性」を意味する「ニュートラル」と、イタリア語で「小さい」を意味する接尾辞「イーノ」を組み合わせて、イタリア人のエンリコ・フェルミ(38年にノーベル物理学賞受賞)がニュートリノ(neutrino)と命名した。かつては中性微子と訳されることもあったが、現在はほとんど使われていない。

 ニュートリノは他の物質とほとんど反応しない。そのために、その存在は理論的に確実だと信じられていたものの、実験的に検証されたのははるか後の1956年だった(この業績がフレデリック・ライネスに95年のノーベル物理学賞をもたらした)。その相互作用の弱さのため、ニュートリノには常に多くの謎がつきまとっていたし、今でもまだ未解明の謎が残っている。

素粒子の仲間

 物質を構成するもっとも基本的な粒子を素粒子と呼ぶ。実は、原子核を構成する陽子と中性子は素粒子ではなく、いずれもクォークと呼ばれる素粒子3個からなる複合粒子である。表に示すようにクォークは6種類あり、それらが二つ一組で、第1世代、第2世代、第3世代と呼ばれる三つの世代をなす。

 一方、原子核とともに原子を構成する電子は、レプトンと呼ばれる種族の素粒子である。電子と同じく電荷を持つレプトンは、他に、ミュー粒子、タウ粒子がある。ニュートリノは電荷を持たない中性レプトンに分類され、やはり電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類がある。このようにクォークとレプトンの間には、不思議な対応関係が存在している。

 ニュートリノに複数の種類があることを初めて証明したのは、レオン・レーダーマン、メルヴィン・シュワルツ、ジャック・シュタインバーガーらによる62年の実験(電子ニュートリノとミューニュートリノが異なる粒子であることを示した)で、彼ら3人は88年のノーベル物理学賞を受けた。

 73年に小林誠と益川敏英は、アップ、ダウン、ストレンジの3種類のクォーク(つまり第2世代まで)しか知られていなかった当時、さらに第3世代のクォークの存在を仮定すれば、謎とされていた実験結果を説明できることに気づいた(2008年にノーベル物理学賞受賞)。これは同時にレプトンにも、第3世代(タウ粒子とタウニュートリノ)が存在することを示唆する(実験的に確認されたのは、それぞれ75年と00年)。表に示されている素粒子の標準モデルは、このような長年の理論及び実験の積み重ねによって構築されてきた。

太陽ニュートリノ問題

 地球が受けるエネルギーの源は、太陽の中心で水素がヘリウムに転化する核融合反応である。その反応で生成されるニュートリノは、1平方センチメートル当たり毎秒約700億個という想像を絶する数で地球上に降り注いでいる。レイモンド・デイヴィスは、この太陽ニュートリノを検出する野心的な実験を68年から開始した。米国サウスダコタ州の金鉱の地下に液体四塩化エチレン(C2Cl4)を満たした615トンのタンクを設置し、太陽からやってくるニュートリノがごくまれに塩素と反応して生成されるアルゴンの数を数カ月おきに測定した。太陽の中心で起こる核融合からは電子ニュートリノだけが生成されるため、この実験では1日当たり平均1・5個のアルゴンが測定されることが期待される。しかしながら、デイヴィスが検出したのはわずかその約3分の1でしかなかった。この実験結果の解釈は大きく分けて三つである。

 ①測定になんらかの問題があり、本来到達している電子ニュートリノの大部分を見逃している可能性

 ②天文学的に推定された標準太陽のモデルになんらかの誤りがあり、放出されるニュートリノ数を大幅に過大評価している可能性(実際、核融合反応率は太陽の中心温度の約4乗に比例するので、温度が1割程度過大評価されていたとすれば、実験と理論のズレは解消できる)

 ③素粒子物理学で仮定されているニュートリノの性質が誤っている、より具体的には、電子ニュートリノが到来中にミューニュートリノやタウニュートリノに変化する可能性

改修工事で検出器内の純水を全て排水したスーパーカミオカンデ=岐阜県飛驒市神岡町で2018年9月9日午後1時5分、兵藤公治撮影
改修工事で検出器内の純水を全て排水したスーパーカミオカンデ=岐阜県飛驒市神岡町で2018年9月9日午後1時5分、兵藤公治撮影

 当初は、ほとんどの人々が①だと想像していたのであるが、デイヴィスの驚くべき忍耐力に基づく長期間のデータと、小柴昌俊が岐阜県神岡町に建設したカミオカンデ(KAMIOKANDE=KAMIOKA Nucleon Decay Experiment:神岡核子崩壊実験)や、カナダに設置されたサドベリー・ニュートリノ天文台(SNO=Sudbury Neutrino Observatory)に代表される他の実験によって、その結果の正しさが証明されるとともに、③が正解だったことが確定した。カミオカンデはその名前の示す通り、本来は、安定であると考えられている陽子(中性子とともに、原子核を構成する粒子という意味で核子と呼ばれる)が崩壊するかどうかを調べることを目的としていた。しかし、87年に起こった超新星1987Aから放出されたニュートリノを初めて観測しニュートリノ天文学を開拓した業績によって小柴はデイヴィスとともに02年ノーベル物理学賞を受ける。梶田氏は小柴の学生の一人であり、今回、梶田氏とともにノーベル物理学賞を受賞したアーサー・マクドナルドはSNOの所長である。

 このように、ニュートリノ研究に関連して驚くべき数のノーベル賞が与えられている。梶田氏は、さらに、大気ニュートリノ問題と呼ばれる謎を解明し、その結果としてニュートリノに質量があることを確定させた。それについては引き続き、次回紹介してみたい。(須藤靖・ 東京大学教授)

※この記事は、2015年11月10日の週刊エコノミストの連載『サイエンス最前線』第69回を再掲載したものです。

◇筆者略歴

すとう やすし

1958年高知県安芸市生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授、ビッグバン宇宙国際研究センター長。東京大学理学部物理学科、同大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞出版)『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)などがある。

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