『信頼とデジタル 顧客価値をいかに再創造するか』 評者・加護野忠男
著者 三品和広(神戸大学教授) 山口重樹(NTTデータ代表取締役副社長執行役員) ダイヤモンド社 2200円
デジタル技術活用に向け 培った顧客価値再検証を提案
本書は経営学者と経営実務家の協業の成果である。経営学者は、過去の教訓と理論的フレームワークをもとに一般論としての原則を語り、経営実務家は、自らの経験をもとに、その原則の具現化の方法を語る。
本書は、同じ著者2人による前著『デジタルエコノミーと経営の未来』の続編である。前著では、デジタル革命のなかで、デジタル技術がどのように競争の場を変えるかをきっちりと認識し、デジタル技術の可能性を追求する必要があることが説かれている。
だからといってデジタルという手段に頼っているだけであれば大きな成果は期待できず、デジタルを応用する土台となる戦略を再構築しなければならないというのが、本著の基本的主張である。その戦略を一般論としていえば、顧客価値リ・インベンション(再発明)戦略ということになる。経営実務家は、その戦略を具現化する方法を示している。
最近、日本の大企業の低迷が著しい。第1章では、この低迷の現況が示され、その原因が分析されている。この低迷から抜け出す梃(てこ)になるのはデジタルの応用であるが、デジタルの流行に乗るだけでは高い成果は期待できない。
高い成果は独自の競争優位から生み出されるという経営学の基本命題を考えれば、企業の独自性を生かす戦略が不可欠である。その独自性の源泉として著者たちが注目するのは、日本の大企業がこれまで培ってきた信頼である。第3章では、リ・インベンション戦略を考えるためのフレームワークが示され、続く第4章では、このフレームワークをもとに、デジタル技術応用の成功事例が分析されている。
第5章では、デジタル技術のキーテクノロジーであるAI(人工知能)を開発したStar社とデータロボット社の創業経営者のインタビュー記録が紹介されている。そして著者2人の対談を含む最後の章では、以上を受けて、著者たちの結論が対談という形で示される。
政府がデジタル庁を設置するほど、デジタルへの期待は高まっている。わが社もデジタルの流れに乗らなければと焦っている経営者も少なくない。しかし、焦りは禁物である。いまこそ冷静に、自社が提供できている顧客価値を考え直し、顧客価値をさらに高めるためにデジタルをどう活用できるかを考えなければならない。
デジタルの応用の担当者だけでなく、経営トップに読んでいただきたい好著である。
(加護野忠男・神戸大学特命教授)
三品和広(みしな・かずひろ) 1959年生まれ。ハーバード大学ビジネススクール助教授等を経て現職。『戦略不全の論理』で第45回エコノミスト賞。
山口重樹(やまぐち・しげき) 1961年生まれ。NTTデータで法人・ソリューションや中国・APAC分野を担当。