解説!最高裁判決 正規・非正規の待遇格差 「違法」「適法」の分かれ目=向井蘭
<どうする? 同一労働同一賃金>
同一労働同一賃金を巡る最高裁判決が10月、相次いで5件言い渡された。正規社員と非正規社員の間に生じている手当や休暇、賞与、退職金の格差が「不合理」かどうかが争われ、最高裁は共通の枠組みに沿って判断を示している。この枠組みに従って判決を理解することが、さまざまな企業の現場で待遇格差を適切に見直すことにもつながる。
今回の5件の訴訟ではいずれも、無期雇用の正社員と有期雇用の非正規社員の「不合理」な待遇格差を禁じた旧・労働契約法第20条に違反するかどうかが争われた。2018年6月に働き方改革関連法が成立したことに伴い、この規定はパートタイム・有期雇用労働法に引き継がれ、大企業に対しては今年4月1日に施行された。中小企業に対しては、来年4月1日から施行されることになっている。
最高裁が5件の判決で採用した共通の枠組みは、まず(1)「正社員向けの手当や賞与・退職金などの待遇の性質・目的・趣旨が、非正規社員にどの程度、当てはまるか」を判断する。さらに、(2)「正規社員と非正規社員の間で、職務の内容がどの程度同じか」を検討したうえで、(3)「その他の事情」を考慮する。これらを踏まえて「不合理」かどうかの結論を出している。(同一労働同一賃金)
手当、休暇は「不合理」
この枠組みに沿って、手当や休暇の待遇格差が争点となった日本郵便事件の3件の最高裁判決(10月15日)を分析してみよう(表1)。この事件では、有期労働契約を繰り返し更新していた日本郵便の契約社員が、扶養手当や年末年始勤務手当、夏期・冬期休暇、有給の病気休暇、祝日給(年始割り増し)の5項目について、正社員だけに与えられているのは「不合理」な格差に当たるとして、東京、大阪、佐賀地裁に提訴した。
最高裁判決はこれら5項目の手当や休暇について、(1)の点に沿って手当や休暇の趣旨などを個別に検討。例えば、正社員に与えられる扶養手当が「扶養親族のある者の生活設計などを容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保する目的」であることを認めたうえで、契約社員であっても相当に継続的な勤務が見込まれる場合、手当の趣旨に当てはまると判断。他の4項目も同様に非正規社員にも合致するとした。
そのうえで、判決では(2)の職務の内容を検討。正社員には契約社員と異なり、部下の育成・指導が求められるなど「相応の相違」があるとしながら、(1)の趣旨がそもそも契約社員にも当てはまる以上、(3)の「その他の事情」を検討するまでもなく、待遇格差はいずれも「不合理」と結論付けた。
なお、日本郵便が転居を伴う異動のない正社員に支給していた住居手当については、すでに東京、大阪高裁判決で契約社員に支給されないのは「不合理」とする判決が確定している。
賞与、退職金は原告敗訴
次に、大阪医科大学事件の最高裁判決(10月13日)では、賞与の有無や病気やケガによる欠勤中の賃金の扱いが争点になっていた。この訴訟では、大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)で有期労働契約の更新を繰り返していたフルタイムの元アルバイト職員が、賞与や欠勤中の賃金が正職員のみに支給されるのは不合理と主張していたが、判決ではいずれも「不合理とまでは判断できない」とした(表2)。
最高裁判決では賞与について、(1)の点に沿って「労務の対価の後払いや将来の労働意欲の向上などの趣旨を含む」と認め、一般論として正規雇用と非正規雇用の賞与の格差が不合理となる場合がありうると言及。そのうえで(2)を検討し、正職員とアルバイト職員の業務の内容は共通する部分はあるものの、正職員には毒劇物の試薬管理などの業務があるほか、配置転換の可能性も踏まえて職務の内容に「一定の相違があった」とした。
また、(3)のその他の事情を検討する中で、正職員とアルバイト職員の共通の業務内容は、正職員の業務のうち定型的で簡便な作業をアルバイト職員に置き換えている途上で生じていたとし、さらにアルバイト職員には正職員への段階的な登用制度も設けられていたことを考慮。これらを踏まえ、欠勤中の賃金の扱いも合わせて待遇格差が「不合理とまでは判断できない」と判断した。
退職金の扱いが争点となったメトロコマース事件の最高裁判決(10月13日)でも、同様の検討過程を経て、有期雇用契約の更新を繰り返した契約社員に退職金が支払われないのは「不合理と認められるものに当たらない」と判示した(表3)。契約社員は東京メトロ子会社のメトロコマースが駅構内に設けている売店で働いており、正社員に支払われている退職金が支払われないのは「不合理」と主張していた。
これら5件の判決の大きなポイントは、「長期雇用を予定しているかどうか」かつ「職務の内容及び配置の変更の範囲が正社員とほぼ同じか」という点にある。日本郵便事件の判決で手当や休暇の待遇格差を「不合理」と認めたように、無期雇用の正社員か有期雇用の非正規社員かにかかわらず、長期雇用を予定しているのであれば、職務の内容などがもし正社員と同じである場合、賞与も退職金も不支給は「不合理」と判断される。
「限定正社員」も選択肢
特に、大阪医科大学事件ではこの点で、職務の内容に大きな違いを認めたことが、賞与や退職金の不支給を適法とした大きな根拠となった。また、正社員登用制度があれば、不支給が許される余地は広がるとも解釈できる。実際に正社員に登用した実績があるなど、あくまで制度を適正に運用することが大前提だが、非正規社員が待遇格差に不満を持つのなら、登用制度を受けて正社員になればいいと考えられるからである。
ただ、現実として正社員のみに漫然と手当や休暇を与えている企業は少なくない。また、一部正社員と業務の内容が重なる非正規社員を雇用し続け、長期雇用を想定して定年制を設けているケースも多い。すでに生じている待遇格差が「不合理」と判断されないためには、非正規社員の契約更新に上限を設定することに加え、就業規則などで非正規社員の職務の内容を正規社員と明確に区別しておくことが望ましい。
今後は、長期間雇用する非正規社員については、一定期間経過後は退職してもらうか、正社員登用制度を用いて正社員に転換してもらうことが必要になる。もっとも正社員には転勤や職種転換がありうるため、非正規社員には敬遠されがちであり、有能な非正規社員を雇用し続けることが難しくなる。そこで、職務範囲や勤務地を限定する限定正社員制度を導入し、一定の賞与や退職金を支払うことも選択肢となる。
企業側が何となく支払ってきた手当や休暇などは今後、見直しを余儀なくされ、具体的な責任・成果に対して賃金を支払うような仕組みへと緩やかに変化することが予想される。今回の最高裁判決は、労使ともに「雇用」「職務」「賃金」を見直す時代に進む契機になると思われる。
(向井蘭・杜若経営法律事務所弁護士)