教養・歴史書評

『デジタル化する世界と金融 北欧のIT政策とポストコロナの日本への教訓』 評者・木内登英

監修 中曽宏(大和総研理事長) 著者 山岡浩巳(フューチャー取締役)加藤出(東短リサーチ社長)長内智(大和総研主任研究員) 金融財政事情研究会 2800円

最先端の英知と秘密を濃縮 臨場感あふれる視察団報告

「北欧フィンテック・キャッシュレス視察団」による北欧3カ国(スウェーデン、フィンランド、エストニア)の視察の成果が、存分に盛り込まれている。くしくも日本では、他国に大きく後れを取った政府のデジタル化推進を菅義偉新政権が政策の柱に掲げ、また日銀は、中央銀行デジタル通貨の研究を加速させ始めている。北欧諸国は、電子政府、フィンテック(金融と情報技術を組み合わせたファイナンステクノロジー)、中銀デジタル通貨の分野で世界の先端を走っており、日本にとっては学びの対象にあふれる宝庫である。

 本書は、日本の時流に沿った、ベストのタイミングで発刊された。また、豊富な資料や写真で、読者は視察に同行したかのような臨場感を楽しむことができると同時に、日本の遅れを改めて痛感し、筆者らと危機感も共有できるのではないか。

 旧ソ連邦から独立してわずか30年のエストニアが、行政手続きの99%をオンラインで完結する世界最先端の電子国家の地位を築いたのはまさに奇跡だ。他国に再び支配され領土を失っても、ネット上に政府が残っていれば、IDカードを持った国民がアクセスすることで国家は存続できる、との強い信念が底流にある。

 一方、世界のキャッシュレスの最先端を行くのが、スウェーデンだ。GDP(国内総生産)に占める現金発行残高は1・3%(2018年)と、日本の約20%と比べて格段に小さい。スウェーデンは、1661年に世界で初めて国に承認された紙幣を中央銀行が発行した国とされるが、世界で初めて現金が消滅する国になる、とも言われている。

 こうした中、スウェーデン中銀は16年、全ての人が簡単に利用できる中銀デジタル通貨「eクローナ」構想を、他国に先駆けて正式に表明した。ところがスウェーデン中銀は、いまだに発行の是非を決めずに実証実験を続けている。その間、中銀デジタル通貨の発行では、中国のデジタル人民元に追い抜かれる見通しとなったのである。

 しかし、スウェーデンは中銀デジタル通貨構想の検討に、いたずらに時間を費やしているわけではない。失敗が許されない中銀デジタル通貨の発行には、綿密な設計と十分な準備が必要だ。こうした思慮深さも、尊敬すべき北欧の英知の一端だろう。本書では、北欧研究にとどまらず、日本に対する示唆も随所で示されている。先行する北欧の英知とその秘密を真摯(しんし)に学ぼうとする日本の読者にとって、本書はまさに比類のない良書である。

(木内登英・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)


中曽宏(なかそ・ひろし) 元日銀副総裁。東京国際金融機構会長も務める。

山岡浩巳(やまおか・ひろみ) 元日銀決済機構局長。ニューヨーク州弁護士。

加藤出(かとう・いずる) 13年より現職。チーフエコノミストも務める。

長内智(おさない・さとし) 18年より現職。金融資本市場担当。

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