教養・歴史書評

中国 「勝者は王、敗者は乱賊」の歴史を覆す=辻康吾

     どこの国でも自国の歴史を正義の歴史としたいという願望がある。とりわけ中国の歴史をめぐっては、正邪のすべてを歴史に結びつける伝統が強いだけでなく、現政権成立まで多くの勢力による内戦が続いたため正邪を定めるのがとりわけ難しい。時の政権は自己を正当化するための官製歴史を編さんし、その目的に反する史実を否定し、抹消する。内戦を戦った共産党と国民党の両党もそれぞれの官製史観をもって自分の正当性を主張しているが、いずれもその主張を強調するあまり、多くの史実がねじ曲げられてきた。

    「台湾と中国のいずれも言いたくない歴史」という副題がついた余傑の『顛倒的民国』(「逆転民国」台湾・大是文化出版 2019年7月)は清末から、国共両党が相争い中華人民共和国成立までの民国史時代に関する両党の官製歴史の虚飾を剥ぎとるもので、すでに7回も重版され注目を集めている。

     著者の余傑は北京大学卒業後の1998年、中国の伝統的文化・政治体制を厳しく批判する論集『火と氷』を発表、知識界に大きな衝撃を与えた。以後、劉暁波(17年獄死)らとともにチベット問題、天安門事件犠牲者家族、キリスト地下教会などの人権、民主化要求運動を続け当局の抑圧を受け、12年米国に亡命した。

     その詳細を紹介することはできないが、同書は官製歴史の上で民族的・革命的英雄とされてきた人物の評価を逆転させている。太平天国の指導者の洪秀全(こうしゅうぜん)はクリスチャンではなく共産党と同じ暴力主義者であり、清朝を倒した辛亥革命では多くの満州族が虐殺され、孫文は広州で開明的な陳炯明(ちんけいめい)を攻撃し民衆に嫌われていた。また愛国者とされる魯迅など多くの知識人は帝国主義が統治する上海の租界に逃げ込んだこと、最大の漢奸(かんかん)(漢民族の裏切り者)とされる汪精衛(おうせいえい)は抗日戦における民衆の犠牲を避け、中国の赤化を阻むために日本と協力したのだなど、国共両党の正史と真逆の歴史を描いている。

     そして著者によれば中国の官製歴史は常に「勝者は王、敗者は乱賊」であり、「王」となった権力者はその歴史を借りて「大一統」の専制支配を目指す。その桎梏(しっこく)から逃れることが中国の真の近代化であると著者は強調している。

    (辻康吾・元獨協大学教授)


     この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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