教養・歴史書評

今こそ読みたい。自由・民主・平和を希求した政治家・石橋湛山=田代秀敏

『石橋湛山の経済政策思想 経済分析の帰結としての自由主義、民主主義、平和主義』 評者・田代秀敏

著者 原田泰(名古屋商科大学ビジネス・スクール教授) 和田みき子(近代史研究家) 日本評論社 3960円

完璧な経済認識と小日本主義 歴史に消えた慧眼を追う

「百年後少なくも二億四五千万人を養うべき大領土を余儀なくせらる」

 北一輝が1923年に著した『日本改造法案大綱』の一節に取りつかれた人々は大日本主義を掲げ、満洲事変、2・26事件、日中戦争へと日本を暴走させた揚げ句に破滅させた。

 一方、石橋湛山は21年に「大日本主義の幻想」を著し、植民地は日本に何の利益ももたらさず、日本が取るべきは、領土の拡大を志向する大日本主義ではなく、貿易立国を目指す小日本主義だと主張した。

 歴史が証明した石橋の慧眼(けいがん)は、日本における世界大恐慌である昭和恐慌について今日の観点から見ても完璧な認識を持った。

 ジョン・メイナード・ケインズは大恐慌の原因として金融的要素を重視していた。それにいち早く気付いていた石橋はケインズ以上に体系的な思考を組み立て、「恐慌への転落においても、そこからの脱却においても、石橋の予言通りになった」。

「なぜ、同時代に、これほど深い考察ができたのか、私は、改めて石橋の偉大さに感嘆する」 と著者が絶賛する石橋の金字塔的業績は、『日本銀行百年史』やマルクス経済学者が執筆した『昭和財政史』で曲解され歴史から消えた。本書前半は石橋の業績を計量分析も交え発掘する。

 戦前・戦中は東洋経済新報社の看板エコノミストとして活躍した石橋は、戦後は政治家となり大蔵大臣そして内閣総理大臣に就任した。

 新円切り替え・預金封鎖の後に蔵相に就任した石橋は、需要抑圧ではなく供給増加でインフレを抑えようと占領軍に原材料輸入の再開を求めたが拒絶され、復興金融公庫を設立して調達した資金を石炭・鉄鋼生産に集中する傾斜生産方式を実施した。

 占領軍が石橋を公職追放した1年余り後までインフレは続き、輸入制限が廃止されると供給が回復してインフレは沈静化した。

 石橋の主張は正しかったが『日本銀行百年史』は戦後インフレの責任を石橋に帰し、傾斜生産方式は社会主義者の有沢広巳の業績になった。

 石橋は56年12月に総理に就任し翌年2月に病気で辞任した。後継は大学生の時に北一輝から借りた発禁本『国家改造案原理大綱』を徹夜で書き写した岸信介であった。

「日本経済と国民の力を信じ、自由通商を求めていた石橋が病を得なければ、その後の高度成長を成し遂げていたことは間違いない」 と著者は万感の思いで結論する。

 民主主義、自由主義、平和主義を実践した石橋の経済政策思想はコロナ恐慌の今こそ学ぶ価値がある。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)


 原田泰(はらだ・ゆたか) 1950年生まれ。元日本銀行政策委員会審議委員。著書に『日本の失われた十年』など。

 和田みき子(わだ・みきこ) 1951年生まれ。NGO「アジア井戸ばた会議」設立のほか、明治学院大学社会学部付属研究所研究員も務める。

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