教養・歴史書評

『株式会社規範のコペルニクス的転回』 評者・加護野忠男

著者 コリン・メイヤー(オックスフォード大学サイードビジネススクール教授) 監訳者 宮島英昭 訳者 清水真人、河西卓弥 東洋経済新報社 5500円

企業の存在理由を根本から問う 未来に向けた価値転換の書

 1970年代から80年代にかけて米国で出現した投資家資本主義は、投資家のリターンは増やしたが、その他の利害関係者に犠牲をもたらした。投資家資本主義を支えたのは、著者の言う「フリードマン・ドクトリン」である。これはノーベル経済学賞受賞者で市場至上主義者のミルトン・フリードマンが提唱したもので、企業は株主のためにあり、株主の利益を最大化することこそ、企業の最高の社会的責任であるという思想である。

 投資家資本主義は欧州にも波及した。その先頭を走った英国ではすでに株主利益至上主義への反省が出てきた。著者はその流れの主唱者の一人である。投資家資本主義は企業の強化にはつながらなかったし、環境破壊、労働者の貧困化などの問題をも深刻化させたと著者は言う。このままフリードマン・ドクトリンの暴走を許せば、社会は深刻な問題に直面することになると著者は指摘する。

 著者の提言の中で尊重されるべき第一は、企業の目的は利益にあるのではなく、会社が独自にそれぞれ目的を持つべきであり、それを定款に明示すべきだというものである。著者は、財務的資本(金融資本)だけでなく、人的資本、自然資本、社会資本の価値にも考慮を払うべきだと主張する。これらの資本の質を維持するためには一定の投資が必要で、そのための費用は財務的利益から差し引かれるべきだという。

 著者が重視する中心概念は、コミットメントである。日本語に訳しにくい言葉だが、あえて訳すと「誓約」となる。企業がその目的を達成するにあたって重視する社会的規範を誓約として明示すべきであると著者は言う。第4章にはその例がいくつか示されている。自社のコミットメントを明示する際に参考にしてほしい。著者の前著のタイトルはまさに『ファーム・コミットメント 信頼できる株式会社をつくる』というものであり、一貫してコミットメントを重要なテーマとして扱ってきたことがわかる。コミットメントを持つ利害関係者が、会社ガバナンス(統治システム)の主役となるべきだという考えは、これまでの経営学の研究成果に照らしても、まっとうな主張であると言える。

 本書は、最近の日本における投資家志向のガバナンス改革に疑問を抱いている経営者を元気づけてくれる本である。日本のガバナンス改革も、著者の言う方向に早く転換してくれることを祈っている。それは企業のためだけでなく資本主義の発展のためにもなるはずである。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 Colin Mayer ハーバード大学、イングランド銀行等でフェローを務めたほか、ブリュッセル大学客員教授も務めた。2017年に大英帝国勲章CBEを授与される。専門は企業金融、企業統治等の国際比較。

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