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JAL・ANA完全復活なるか カギ握るワクチン=姫野良太

全米の空港利用者はコロナ前水準を回復した。黒字化の鍵はワクチン接種率の高まりだ。ANAの国内線は下期にも黒字化の可能性がある。JALは23年度にコロナ前の利益水準を目指す。

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 新型コロナウイルス禍で旅客需要が落ち込み深刻な打撃を受けた航空業界は、ワクチン接種の広がりによるプラス効果が期待されている。日本航空(JAL)やANAホールディングス(ANA)の株価は年初来で約2割上昇とTOPIXの約1割上昇を上回る好パフォーマンスとなっている(2021年7月2週目時点)。

 収益面については、前年度にコロナ発生前との比較で30%水準まで低下した国内旅客需要が今年度は8割弱まで、国際線は同様に1桁%水準が4割弱にまで回復する見通しをANAは描いている。その上で、ANAは営業利益について、280億円の黒字化を計画している。JALは利益の指標を営業利益ではなく、事業と投資の成果であるEBIT(財務・法人所得税前利益)に変更しているが、今期予想は非開示だ。ANAの黒字化計画はコスト削減と旅客需要の回復がけん引する前提だ。

国際線需要は最大50%まで復活

全日空のワクチン職域接種
全日空のワクチン職域接種

 旅客需要回復については、期待と不安が交錯する。JALによればEBIT黒字化の目安として、国際線旅客需要はコロナ発生前比で40%程度とされている。JPモルガン証券では21年度前半10%程度で推移し、年度後半は40~50%程度で推移、年間では30%程度の水準を予想する。

 ただ、不安要因もある。欧米など各国ではワクチン接種の広がりに伴い渡航制限解除が進んでいるが、一方でインド型デルタ株の変異株の感染者も拡大している。変異株の広がりで渡航者制限解除の動きが後ろ倒しになれば、国際線の黒字転換は予想以上に時間を要する可能性もあるだろう。

国内線の黒字化に期待

羽田空港に駐機する日本航空(JAL)と全日空(ANA)の航空機
羽田空港に駐機する日本航空(JAL)と全日空(ANA)の航空機

 国内線については、ANAが今期国内線旅客需要を19年実績を100%として、第1四半期45%、第2四半期85%、第3四半期90%、第4四半期95%と改善が進むとみており、年度平均80%としている。しかし、第1四半期は緊急事態宣言の影響で計画より低い30%台の推移で、厳しいスタートとなった。さらに、7月には再度の緊急事態宣言で予約のキャンセルも懸念される。しかし、緊急事態宣言解除やワクチン接種進捗により、8~9月には80%程度まで回復する期待は依然持てる。秋以降も、回復が継続すれば第3四半期には国内線の黒字転換も見えてこよう。

成田空港に到着した新型コロナウイルスのワクチン
成田空港に到着した新型コロナウイルスのワクチン

米国ではコロナ前水準に

 実際、ワクチン接種が日本よりも先行する米国では、1日当たりの全米の空港利用者はコロナ前の水準をほぼ回復しつつある(米国運輸保安局)。また、欧州ではワクチンの接種証明書の運用を開始し、証明書の活用を前提に、移動制限の緩和が進むと予想する。デルタ株のまん延は足かせになりうるが、回復の大きな流れは変わらないであろうし、日本でもワクチン接種の進捗で、海外同様の回復に期待が持てる。

固定費削減で乗り切る

 コスト削減については、JAL、ANA両社とも当初期待以上で評価できよう。前期は人件費や機材費、広告宣伝費等の固定費をJALは1350億円、ANAは1720億円削減した。人件費については、一時帰休制度、役員報酬・管理職賃金削減、一時金削減等によるもので、リストラなどの雇用削減は伴わなかった。今期についても、機材費や人件費削減の深掘りによる固定費追加削減を進めており、ANAは前期を上回る固定費2400億円(公租公課などの減免も含む)の削減を行う計画だ。

株価の本格回復の難しさ

 年初来で見れば、株価は一定程度回復してはいるが、コロナ発生前の19年12月末株価と比較するとJAL、ANAの現状株価は7割水準にとどまり、既に19年12月末の水準を上回るTOPIXの回復とは対照的だ。これは、中長期的に見て、コロナ発生前の利益水準までの回復が容易では無いと市場が見ていることが背景にあるかもしれない。在宅勤務やオンライン会議の普及によりビジネス需要完全回復も見えにくい。JALとANAの株価の本格回復は、コスト削減の継続に加え、観光需要の獲得や新規ビジネスの拡大が鍵を握る。

23年度中にコロナ禍前水準に

 観光需要獲得や新規ビジネスについては両社とも注力しているが、JALがより定量的にその目標を示している。JALの5カ年中計では20年3月期のEBITの888億円に対し、①コロナからの回復で430億円、②手厚い機内サービスを提供するフルサービスキャリアの収益性向上と貨物増収で120億円、③旅客機のネットワーク拡大で100億円、④事業領域拡大で160億円などを積み上げる計画だ。その結果として、24年3月期にコロナ禍前の利益水準を超えるEBITで1700億円を目指す。

LCC市場をどう勝ち抜くか

 これらの4項目の中で、やや見通しにくいのがネットワーク拡大による利益拡大だ。JALは出資比率を引き上げ子会社化した春秋航空日本、中距離路線を手掛ける傘下のZIPAIR Tokyo(ジップエア トーキョー)、ジェットスタージャパンの3社でLCC(格安航空)ネットワークを拡充する計画だ。

 これまで利益ドライバーであった国際線ビジネスの回復が見通しにくい中、観光需要の取り込みをLCCを通じて進める考えだ。フルサービスキャリアとLCCのダイヤ設定や予約連携、機材効率最大化等で一定の需要獲得・利益創出は可能と見るが、同時に同一地域での路線の重複、観光需要獲得に動く国内外他社との競合など、利益達成に向けた課題もある。

 ANAも傘下LCCのピーチと共同運航を実施し、顧客の選択肢拡大・利便性向上を狙い、中距離LCCを担う第3ブランド立ち上げを進めている。JAL、ANAが観光・LCC市場での競争激化をどう勝ち抜くかに注目したい。

下期の資金繰り見直しも

 最後に、市場が懸念する資金繰りについて見ておきたい。コロナ禍では手元資金需要が急増した。銀行借り入れ、劣後ローン、公募増資などにより、JALの手元流動性(現預金、短期有価証券)は20年末の3791億円から21年末に7083億円へ、ANAは同2386億円から同9657億円まで拡大した。

 今年度上期は緊急事態宣言による旅客需要減や機材デリバリーによる投資増加で現金流出が継続すると見るが、直ちに再度の公募増資が必要になる状況にはないだろう。しかし、第3四半期になっても予想以上に現金流出が継続するようであれば、追加の資金・資本調達の必要性について検討される可能性はあるかもしれない。

 コロナ禍からの旅客需要の回復への期待は、今年の株価上昇に一部反映されている。とはいえ、前述した多くの懸念がいまだ株価の重しになっている。こうした課題を各社がどう解消していくか、引き続き注目したい。

(姫野良太・JPモルガン証券シニアアナリスト)

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