教養・歴史書評

『14歳の自分に伝えたい「お金の話」』 評者・後藤康雄

著者 藤野英人(投資家) マガジンハウス 1500円

お金は過去と未来の懸け橋 大人こそ読みたい経済学入門書

 タイトルに「お金」を冠する本書を「早くから金融の知識を持てば裕福になれる」といった類いの指南書と期待したら、全く異なる。著名な投資信託運用のエキスパートとして「お金」を誰より肌で感じてきたであろう著者が説くのは、お金への適切な向き合い方である。

 お金と聞くと一抹の怪しさや俗っぽさを感じる方が少なくないのではないか。まず著者は、お金に対するある種の偏見をやんわり正してくれる。確かにお金は時に我々を狂わせる魔性の存在だ。しかし、財布の紙幣や預金通帳の数字は、著者のいうとおり、まぎれもなく私たち自身の労働などの成果であり、これからの生活を託す礎でもある。消費や投資として使われれば、新たな持ち主のもとで経済活動の連鎖も生む。お金は、我々の過去と未来をつなげ、お互いを結び付ける懸け橋である。

 社会における重要性は理解しても、個人としてお金に接すると、どうしても有利に増やしたいという発想に向きがちだ。資産運用の一線で活躍してきた著者の、運用の捉え方は一貫している。個人の資産運用は、あくまでお金を活用して自己実現を図り、未来を創る手段ととらえるべきと説く。根幹にあるのは、利ざや稼ぎにしのぎを削るデイトレードとは真逆の、企業や製品の中身を見極め、支援しようという発想である。

 お金は我々のあらゆる社会活動と不可分なため、日々の消費、労働、人生設計などもお金との関連で語られる。語り口こそ優しいものの、よって立つのは正統派の経済理論である。「お客様は神様」ではなく、自分では創れない価値あるものを売ってもらう、売り手と対等の立場にある。労働とは単なる苦痛ではなく、賃金は我慢の対価ではない。経済とは限られたパイを取り合うゼロサムゲームでなく、本来ウィンウィンの構造にある││。本書は、こうした経済学の基本的な考え方を、お金と関連付けながら自然に理解できる、血の通った経済学の教科書でもある。

 本書の想定読者は悩める思春期ごろの子どもたちという体裁をとっている。しかし、おそらく、かつて悩み、今なおひそかに葛藤を抱える私たち大人にこそ染みる内容だろう。

 芥川龍之介の小説『杜子春』では、主人公のうたかたの栄華が終焉(しゅうえん)を迎え、うわついた夢を断念するに至るが、むしろ穏やかな気持ちで新たな一歩を踏み出す。子どもたちや私たちの未来への温かなまなざしに満ちた本書が伝えたいのは、お金と向き合うことで私たち自身を見つめることの大事さではないかと感じる。

(後藤康雄・成城大学教授)


 藤野英人(ふじの・ひでと) 1966年生まれ。国内および外資大手投資運用会社でファンドマネジャーを歴任、2003年にレオス・キャピタルワークス設立。現在同社会長兼社長。著書に『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』など。

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