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経済・企業

「社外取締役が社長に退任を勧告、企業統治が適切に機能した実例だ」 太田洋・電気興業前社外取締役――詳報!名門『電気興業』お家騒動②

太田洋・電気興業前社外取締役
太田洋・電気興業前社外取締役

 週刊エコノミスト編集部は、7月6日に週刊エコノミスト・オンラインで掲載した「詳報!名門『電気興業』お家騒動① セクハラ社長退任劇の全内幕を明かそう 暗躍した『大物企業弁護士』とは」について、電気興業の社外取締役だった西村あさひ法律事務所の太田洋弁護士(6月の株主総会で社外取締役を退任)から、「事実関係が違う。説明したい」との申し入れを受けた。 

 当該記事の掲載にあたっては、著者であるジャーナリストの山口義正氏が太田弁護士に取材を申し入れたが、記事の掲載前までに返答はなかった。

 今回、太田氏の申し入れを受け、改めてインタビューした。読者にこの事案に関する新たな判断材料を提供するため、太田氏の主張を掲載する。

―― 記事に反論があるということだが、具体的にはどのようなものか。

■記事は重要な事実関係について、一方的な情報に基づくために、全体の構図が著しく歪んでいる。電気興業のガバナンス(企業統治)が利いているかどうかの読者の印象が、180度異なるものになっているのではないかと思っている。

 今回の一連の社長交代の経緯は、上場会社として、企業統治が適切に機能した実例と思っている。私が社外取締役としてとった一連の行動について、少なくとも、何ら恥じるところがない。

1月31日に松澤社長に退任要求

 当時の松澤幹夫社長が、社長を退任して代表権を返上すると決心したのは直接的には、1月31日の日曜日だ。私と鈴木則義社外取締役(当時)が松澤社長を訪ねて、「在任期間が長期にわたっている、そろそろ後進に道を譲るべきではないか」という話をした。

 そうした行動に出ることになった契機の一つに、セクハラ問題があったことは否定しない。松澤社長は、セクハラについては、「自分としてはそういう認識ではなかった」と言ったが、要はセクハラは女性側がどう感じるかが大事で、社長の認識はともかく、そういう女性の認識だったと説明した。

 その時、松澤社長は、自分としても取締役の在任が四半世紀と長期にわたり、年齢も73歳なので、後継者の問題も喫緊の課題として考えていた。今回、そういう話があるのなら、良い機会なので、自分としても後進に道を譲ろうと思うと話した。私たちは、それでは、ぜひ、そういう風にお願いします、と答えた。

 セクハラ問題に関しては、セクハラの話を社内で顕在化させると2次被害をもたらすので、社外取締役のほうで、外部の弁護士を確保したうえで調査するので、協力してくださいと話した。松澤社長は、「それは分かった」ということで、その結果は、しかるべきところで報告することになると話をした。

2月5日に後任社長を紹介された

 2月5日金曜日の夕方に、松澤社長が近藤忠登史取締役を連れて、西村あさひの事務所に見えた。松澤社長は「近藤さんは取締役のなかで最年少だが、海外でも実績を上げたし、非常にガッツもあって、社内の信望も厚い。彼を中心とする体制にバトンタッチできればいい」と言っていた。

 近藤さんと言われたときに、最若手であるので、ちょっと若いのではないかと思ったが、今回のセクハラ問題との関係でも、関与があるわけでもない。まさに、一番若手の取締役が会社を引っ張っていくようになるくらいの変革期でもある。私はそれでよろしいのではないか、と申し上げた。

 ただ、2月10日の臨時取締役会は、セクハラの調査結果の報告がなされる取締役会と認識していた。次の社長として、近藤さんという話が出てくるとは、当時、私たちも必ずしも思っていなかった。4月1日とか、6月の定時総会の後だと思っていたので、2月10日にそんなことを言うとは、私自身もびっくりした。

セクハラの2次被害防止を優先

―― セクハラの調査報告書は2月9日に完成した。翌日10日の臨時取締役会で、松澤社長が自身の代表取締役辞任と会長就任、近藤忠登史取締役の代表取締役就任の緊急動議を出す中で、報告書全文を社内取締役や監査役に見せなかったのはなぜか。

■2月9日に、西村あさひの会議室で、実際の調査に当たったAI-EI法律事務所の弁護士から、調査結果を私、鈴木氏、須佐正秀氏の3社外取締役で聞いた。私以外の社外取締役の一人は、「調査報告書の中身は、事実を詳細に書いていて、これを取締役会の席上でそのまま出すのは、いかがなものなのか」と強く言っていた。

近藤取締役から報告書配布回避の要請

 私は内心、調査報告書を配布して、席上回収でもいいかなと思わないでもなかった。ただ、2次被害が心配だというのは理解できたし、近藤取締役からは被害女性のことを考えると、あまりプライバシーを暴くようなことは、しないほうが良いという話は聞いていたので、社外取締役で議論して、10日の時は、私から事実関係の概要を説明するということにとどめることで意見の一致を見た。

―― 近藤取締役からは、いつ、そうした話があったのか。

■2月9日の時に、ちょっと詳細な記憶まではないが、少なくとも近藤取締役のほうから、被害女性の心情もあるので、プライバシーを暴くような報告は避けてもらいたいという話を聞いていた。

臨時取締役会で過不足なく説明した

―― 10日の臨時取締役会で、松澤社長の緊急動議を判断する材料として、社内取締役や監査役から「調査報告書を見せるべきではないか」という話があったし、太田さんも内心、席上配布・回収で良いのではないかと思った、と言っている。取締役会運営のプロセスとして問題がなかったのか。

■これは、考え方がいくつかありうると思う。私は席上で配布したうえで回収したほうが良いのではないかと、9日の社外取締役社3人の協議の時も言ったし、内心そう思っていたのは確かだが、一方で、10日の臨時取締役会の席上で概要報告をした内容自体は、過不足なく説明したと思っている。

 取締役会が松澤社長を処分すべきなのか、判断するときに重要なのは、重大な法令違反があったかどうかだ。それから、重大な法令違反はないにせよ、セクハラとして非常に悪質なものであったのか、あるいは、上場会社の社長としてふさわしくないことであったのか、そこは基礎情報として必要だと思っていた。

企業統治と2次被害防止のバランス

 調査の主体である社外取締役3人が、これは法令違反ではないが、上場会社の社長としては、あってはならないセクハラだと、意見は一致していた。そこをきちんと伝えると。

 伝え方が間違っていれば、法的にも問題となるが、概要の説明としては、誰がしても私が説明したとおりになったと思っていた。

 この問題は、ガバナンスの観点と、被害女性の2次被害を防止する観点から、バランスが極めて難しい問題だ。ガバナンスの観点から言うと、報告書全文をそのまま配った方が良いとは思う。だが、被害女性の心情を考えると、配らない方が良いのではという意見にも、十分な合理性があると思った。

社長の処分内容は妥当だった

―― だが、セクハラの話がジャーナリストの山口氏の耳に入り、6月19日には、会社と社外取締役に質問状が行って、6月22日に、松澤氏は会長を辞任して、名誉顧問にも残らないことになった。取締役会は事態のソフトランディングを図ろうとしたが、結局、松澤氏に対する処分は甘かったのではないか。

■松澤社長が報告書の中身を聞いても「自分は代表取締役社長に残る」と言った場合には処分が必要になってくる。代表権の返上は必須だ。だが、代表権のない会長、顧問や相談役はありうると、思っていた。

 一つは、セクハラは上場会社の社長としては不適切ではあるが、絶対に解任しないといけないかは、議論の余地があると思っていた。もし被害を受けた人が、謝罪してもらったのでそれでよい、ということなら、それはありうる話だと思う。

会長や顧問として残留はありえた

 逆に、会長や顧問で残った方が良いとは思っていた。というのは、近藤新社長は、就任1~2年の一番若い取締役だ。経験が浅い部分がある。管理部門の経験は今までなかったはずだ。松澤社長はその意味で人脈が広く、長年管理畑をやっていたので、近藤さんが引き継ぐにあたって、アドバイスを受けたいことは多々あるだろうと思っていた。

 一方で、在任期間が長かったゆえに、放っておくと院政になってしまうので、会長になるにしても、代表権は絶対になしと、そこは譲れない一線と。

 最終的にこの問題が、名誉顧問に残らない形で落ち着いたが、いろいろとごたごたしたがゆえに、松澤さんは、いろいろな判断から就かれなかったのだと思う。会社にとってみれば、顧問にも残らないことが本当に良いのかなと疑問が今でもないわけでもない。

 要するに、企業にとってみると、中長期的な企業価値の向上が使命なので、近藤社長がテークオフするまでの間に若干それをサポートする役回りは、あったほうが会社の利益にかなったのであろう。

太田氏自身の退任は、在任長期化が理由

―― この6月の総会で太田氏自身が社外取締役を退任したが、その理由は。

■私自身、在任期間が非常に長くなったとの自覚はあった。十数年にわたって、社外取締役をやっていて、松澤社長にも、そろそろ私は引いた方が良いと思いますと申し上げていた。「いえいえ、そうおっしゃらずに」と言われていた。今回、私として、松澤社長のところに出かけて行って、お引きになられたらどうかと申し上げている。それにもかかわらず、申し上げた当の私が残ることは筋に合わない。このあたりが引き際かなと思っていた。

(聞き手=稲留正英・編集部)

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